家族
「家族」を語った325人の声(2/3ページ)。
仕事とは、人の人生に触れる場所です。
なので、本当は自分はこうしたかったっていうのが、いろんな情報を削ぎ落とすことで、わかってきたって思いました。
私は「そうかカナダが好きなんじゃなくてケベックが好きなんだ」っていうことに今すごい気づいてます
お店が上手くいけばYouTubeも上手くいくしラジオも上手くいくと思ってるんですよ。全部一つだと思ってて、どれもちゃんとやろうと思ってます。手を抜かず
自分はそのままでいいんだっていうのがやっと染み込んできて、自分の好きなことをやってもいい。選んでいい
心に関して伝えたいのをポエムにするしか方法がなくなりました。私のキャラクターは。
私このままずっと全力疾走しなきゃいけないメンタルで生きてたら、40、50になっても何かに追われてずっと生活しなきゃいけないのかなと思って。それが急に怖くなっ…
自分このまま死んでいいのかなっていうか、ここで1回死んで生き直すとしたら、どうやって生きるんだろうっていうのを、そのときにワーッと考えたんですよね。
それぞれの人がそれぞれらしく多様に繋がりながらいる方が、豊かな土壌になりそうだな
毎日が地味に苦しくはあるので、ないにこしたことはないと言いますか。嫌な存在ではあるけれど、怪我の功名とも言える存在だなという感じですね。
すごい完璧主義で自分のことをよく見せたいんだけど、自分の悪いところを掘り下げちゃうすごいネガティブな部分もあってっていうので、その相反する要素を持ちすぎてる…
いいことも悪いこともあるけれども、これ解釈次第だし、何でも楽しんだもん勝ちだなとかっていうふうに思ってるからじゃないかなって思います。
基本のベースは いつもオープンマインドでいたいっていうか、いろんな価値観の人と触れ合って 自分が絶対こうじゃなきゃっていうふうに思わないようにしたいなとは思…
もう本当、僕にとってゲームはもう切っても切り離せない、もう運命の存在というか、そんな感じなので。
「お前すごいな。どんな命にもめっちゃ向き合うな」
自分の気持ちを大事にしてくれる人は自分も絶対大事にするって決めていている
悪いところは変えて、いいところは認めて、自分を好きになりたくてやってはいるんですけど。
日常に飲み込まれてしまって、路頭に迷われてる方が多いんですけど、そういう方に対してのアドバイスは、僕が純粋にやりたかったことなんだなというところがあるので。
相談者が自らの答えを見つけられるようサポートすることが最も重要
人にはそういうことをペラペラいうんですけど、自分に対しては、結構些細なことで、「自分って本当に駄目だな」とか「自分なんて別に生きてる意味ないよな」とか、よく…
もう人生180度変わって、考え方も価値観も全て変わったんで、今現在は真面目っていうか、自分としてはすごい生きやすくなったと感じてるんですけど。
やっぱり創作ですかね。詩や読書感想文を書いたり、エッセイを書いたり。これが僕にとっては支えですね
今すごく、仕事と息子と過ごす時間のメリハリがあって、充実してて楽しいなと思います
自分の中のスタンダードとか、自分が型から外れたっていう負目がちょっと楽になったというか。 色んな可能性っていうのかな、視野がばあーって広がった感じ
こんだけ壮絶だから私はすごいっていうものでもない。State of Mindじゃないですか。自分を好きだと思うかとか、幸せだと思うかっていうのは
今はビルの清掃員をしているんですけれども。その中で、ちょっと本気で夢を追いかけたいなと思って漫画を描き始めた次第ですね
パリ滞在自体はめちゃくちゃ満足だし、そのエネルギーを持った状態で、日本でも高揚感みたいなのをキープしたまま今いれてるので、日本帰ってきて残念とか全く思わない…
最終的にリハビリって非日常だなってすごい感じていて。
悲しいとか、退屈だとかはありますけど、それがマイナス点ではないと思うので。
自分のやってることで、人が喜んでる構図が多分好きなんだと思って。
いろんなことを俯瞰して見れるようになったっていうのと、音がしない。物理的に音がしない。ずっと誰の声も聞こえないところに行きたいと思ってたので。
私が今まで好きだったものを、否定されてたような感じがするんですよね。
起きなくていい!いつ寝てもいい!っていうだけで、正直最高ですよ。
ぶっちゃけ、こんなにしんどい思いをして、周りからしてみたらもうそんな壮絶な人生なのにって言われるのに、でも私自分の人生好きなんですよね。
素の自分、作った自分じゃなくて素の自分でいられるっていうのは、本当に嬉しいですね
たくさんの人に聴かれても、聴いてなんとも思わなかったらやっぱりそれは違うのかなって思って。
満足してる反面、もっとこうしたかったなっていうのもあるので、半分半分って感じですかね。
なんか生まれてから1回も、何も心配事がなく、100%の状態でリラックスした感覚が30年間で1回もないっていう感じ。
やっぱり人の医療というか困ってる患者さんのために何かしたいのは、別に縛られてるとかじゃなくて自分が本当にそうしたいならやっぱそうしようかなみたいな感じで。
手術をした後に何かそんなにもう生きてるだけで十分価値があるので、そんなに自分に厳しくしなくてもいいんじゃないのっていう思いが、180度変わったので。
その優しさというか、自分のその良さが自分をちょっと苦しめてるなって思ったりすることもある
こんなに母親の表情一つでわたしは影響を受けていたんだなって思ったんです。
やっぱりそうやって全く自分がどういうキャラクターなのかをわからない状況で、仕事をしているうちに、周りの人がやっぱこういうタイプだねって言ってくれたりすること…
何となく、仕事のあり方みたいなところは、ちょっと変わっていく時期なのかなっていうのは、自分の中で感じていたりはします
心の豊かさや、心の余裕というというものを持てていること。数字やお金では表せないものがしっかりと感じ取れているという点では、満足感がすごい大きいですね。
好きなアイドルとか、好きなもの、ひとに影響を受けまくっている人生なので、大事な選択のとき、自分の意思じゃないことが結構多い。
自分の声で、誰かを救いたい。
私は小説を書くときにいつも他人を幸せにしたいってすごく思うんですね。
いつも考えすぎると死ぬしかないっていう結論に至るけど、でも同時に自分が死ねないっていうのわかってるから、その結論にたどり着く前に強制的に自分で考えるのをやめ…
給与が1人で生活できる分ぐらいもらえるのと、もらえないのでは、人の心の余裕が全然違うんだと思いますね。
自分が理想主義者だから、っていうところに尽きると思うんですよね。
人と関わることって、本当に大切で、私にとって実は怖いことでもあります。人を傷つけたくないから。
自分の本当の素直な気持ちを歌詞にして曲にしていく中で、あっやっぱり私は歌なくしては多分生きてこれなかった人なんだなって、最近は本当に思っています。
私達を受け入れてくれる人がいて
多分限界が近くなったところで、娘が来てくれた気がするんですよね。
これからはやっぱり日本の伝統文化を現地で体験できるみたいなことが一番だという話を聞きましてね。
創作は孤独との戦いだと思います。
根幹の部分では、本当にありがとうしかない。
きっかけがあれば変わっていくという感じなんで、私個人としては、「今は」って付ける工夫をしたりとかでコロコロ変わる自分を認めてあげようと思ってますね。
自分の作った料理がこの人の最後の晩餐というか、人生最後の食事になっても後悔しないような料理をちゃんと提供したいと思ってて。
自分のことを助けてあげられるのは自分しかいないなみたいな思考になるときとかあって
だって子供とか会えなくなるんですよ。子供がいなくなったら生活できますかね普通に?
とにかく集中しまくってる状態のときはハッピーで、幸せを感じます。
私は私をしているとっていうのがしっくりくるなと思ってます。
本当に黒子って、黒子っていうかゴースト発明家っていうのもつらいなと思って。だって誰も褒めてくれないんで。褒められるのは妻なんで。
書いているときは、ちょっと自信なかったというか、余計なこと書き足してないかなっていう、ネガティブなところが出ていたんですけど。読者さんの反応を見て、やっと大…
そもそも自分が楽しんで満たされていないと、その溢れたもんでしか周りの人を幸せにすることはできないって思っているから、そう生きたいです。
お母さんだからOKではなく、自分、私自身が子供の頃から生きてきた今に至るまでがOKだったっていう
私につらい思いをさしてくる人とか、私に害を与えてくる人でも、この人はそういう役割のもと生まれたんやと。そういう役割を私のためにしてくれてるんやって、最終は思…
愛おしいですね。彼らのために頑張れますね。
人と話すときとか、その人に合った猫をかぶるというか、自分だけが知ってる自分を守れてるのが安心するし、相手にとっても、それが一番差し障りないかなって思うように…
今は気を使ってる時間が6で、力が抜ける時間が4ぐらいにはなってるのかなと思いますね
なんか今までに散りばめられてやりたいなっていうのが何となく、ちっちゃい粒であったものをかき集めて、バって前にばらまいたって感じ
不安定なところから何か気づいたりとか発見があるということを喜びとしている自分がいるのかな、なんていうふうに今、気づきました
自分の問題をモチベーションに好奇心を外側に向けるんですけど、結局多分自分の世界の中でのところで生きてるんだろうなとは思ってるし
一緒にいるときにそういう年齢差を全く感じなくて、自分が。不思議なんですけど。一番自分らしくいられるなっていう風に思うんです。
自分で自分のことを話せるようになるっていうのは良いことやなって、今でも思いますね
片方の足を軸にして、もう片方の足で自由にいろんな方向を向くみたいな感じで。なんか自由にできてるなっていう。とても心地いい感じですね
バランサータイプというか、全てにおいてバランスが取れてないとちょっと気持ち悪いんですね
物事を変に俯瞰で見るようになってしまって。今、何もかも本心から楽しめなくなってしまった状態になっちゃってる気がします。
根っこの根っこの根っこの部分が自分が満たされてないじゃないですけど、めっちゃ責めて
東京のすごい消費を迫ってくる感じみたいなのから離れられたのは良かったなって感じです
夫と出会ったときに初めて何も見返りもなしに、この人のためにこういうことしてあげたいって初めて思えたんですね。
逆になんか幸せになりすぎると、今まで大変だった分嫌になってきて。なんか幸せになるのが怖いじゃないけど。
「娘、かわいい」っていうのが80%ぐらい。
こちら側の正論を、あんまり押し売りしないようにはしてる
もしいいねって言ってくれたら、そうだよね、でしょ?みたいな。
仕事と家庭を天秤にかけたら迷わず家庭を取りたいと思っていて。
見た目だけじゃない、行動とか生き方とか、全部ひっくるめて「シュッとしてる」んじゃないかなと思ってます。
やっぱり主人が、こう笑顔で帰ってきたときっていうのが1番の癒しなんで。
このままだと自分は成長できないって思ったんで、自分に厳しくするためにも、ちょっと違う場所に自分を持っていこうって。
ずっと思ってるのは、別にこの世界が特別悪いわけでもないから、生きたい人は生きればいい。で、合わないなって思う人は、別のとこに行けばいいんじゃないかなって
アイドル活動はしなくていいかなってすごい思ってたんですけど、やっぱ、やってんの見るといいなと思ったり。
どちらかというと、気持ちをなくそうとしてるかもしれないです。何かゼロに戻すっていうか、マイナスなこともプラスなことも、どっちも本当に一旦なくしてほっとしてリ…
今は逆にやりたいことがいっぱいあったり、他の病気を抱えてる人たちのためにいろんな活動をしたいとかっていうふうに何か生きたいって思える自分が好きですね。
時間を意識できてたからこそ、いろんな経験ができたことは間違いない
今生きてる時間は余命だなっていうことを思いますね。いつ死ぬかもわからないから。うん。余命を生きてるなって。
最初はしんどかったけど今はね、幸せなんですよ。
生きていることを人に任せてるみたいな、自分の人生なのにそれでいいのかなと思って。
仕事が好きっていうよりは、その会社が好きなので、何か成果を上げたいっていう感じですね。
今1人でずっとバイクで走ってて。やっぱどんだけ1人でゆっくりが好きって言ってもこの半年間でわかったんですけど、寂しいときが来るんですよ。
コンプレックスは、なんか人生でめちゃくちゃ一番みたいなことになったことがなくて。
私、食べ物には作り手のエネルギーがダイレクトに乗ると思っていて。
私はその不器用なところを、自分の中の愛嬌だと思っている。最近になって、やっと自分の不器用さを何とか好きになれるようになった。
何をやるかより、誰とやるかみたいな方が私すごい大事にしてるので。
私は、人を応援するのが好きっていう前提があるんですよ。
自分の扱い方みたいなのを作っている感じがここ1年はあります。それがあるとないとではたぶん全然違うと思うので。
私のことはネガティブな人だなって思いながらも、みんな付き合い続けてくれてる
その人が好きなことを話してるときって、目がキラキラするじゃないですか。
意外とお客さんと接するのが楽しいっていうことに気づけた
自分のためだけにただ無心で器にヤスリを1時間かけるとか、ただただ作業の繰り返しなんですけど、穏やかな時間って過ごしたことがなかった
あんなに楽しく普段話してるのにこの人のことそんなに見てないんだっていうのはちょっとショックだったので
広告会社って会社自体が企画とか考える仕事をやっているので、やりたいことできるなって
結局、あの吉原があったから、生きられたっていう部分はあるんですよね。
実を言うとこういう気持ちの話を誰にもしてなかったんですよ、実は。なので前からね、何を考えてるかよくわからんとは残念ながら言われてて。
形にはなっていってはないけど、諦めないことが一番大事だと思っています。
今現在私は一人暮らしでして、私1人と、あとはペットのリクガメ2匹と暮らしております。
やっぱり他人の声に、自分のやりたいこととか、自分の意思をかき消されないように。かき消されちゃってる人が結構多いのかな、なんて感じてる部分があるので。こういう…
「自分をする」って言えばいいのかな? とにかく、多分今、ずっと自分のことばっかり考えちゃってるのかもしれないなってちょっと思いましたね。
「死にたい」と思いながら生きていてもいいっていうことを伝えたいですね。
