「自分の心が殺されるぐらいだったら、社会からどう思われたとしても、自分の心が生きていればそれでいいや」人
私はその不器用なところを、自分の中の愛嬌だと思っている。最近になって、やっと自分の不器用さを何とか好きになれるようになった。
いま
大学を1年間休学し、長期インターンで記事を書きながら、地方の農家の手伝いやインド旅行など未知の世界に飛び込む経験を重ねている。「こうでなきゃいけない」という呪縛から解放され、自分の不器用さを愛嬌として受け入れられるようになった。就活で殺されかけた心を取り戻し、余白の期間を通じて自分がどうありたいかを問い続けている。
これまで
転勤族の家庭で育ち引っ込み思案な子供時代を過ごし、中学では軽いいじめを受けて勉強に打ち込むようになった。進学校に入るも中高一貫組に及ばず学歴コンプレックスを抱え、浪人も失敗して消去法で数学科に進学。向いていないと知りながらも理系を選んだのは「やりたいことをやって駄目なら駄目でいい」という自分の気持ちへの忠実さからだった。
本当に志望の大学に行けないと、自分は全然価値のない人間だって思っていた。
これから
一生をかけて自分の知らない世界を体験し、好奇心を生かし続けていきたいと考えている。出版やメディアの業界で自分が思いついたものを表現する仕事を志望しつつ、効率性を求める社会の中でゆっくり考える時間の大切さを自らの体験を以って伝えたいと願っている。インドでのヨガ留学と南極行きが死ぬまでにやりたい夢である。
いい意味で時代に取り残されたいというか。いい意味で落ちこぼれたいというか。