無名人インタビューLINE

東日本大震災で亡くした同級生より私が死ぬべきだったんじゃないかと思った人

栗子 2023年
今生きてる時間は余命だなっていうことを思いますね。いつ死ぬかもわからないから。うん。余命を生きてるなって。

いま

コロナで結婚式場を辞め、学生時代のバイト先に戻った後、新しい仕事に就こうとしている34歳。ペン習字の師範取得を目指しつつ子どもの日本語支援ボランティアにも取り組む。健康や食への意識が高まり、日本社会の同調圧力にも冷静に目を向ける。亡き同級生が生きられなかった12年間を「余命」として生き、好きなことを大切にする日々を送っている。

これまで

東京のひとりっ子で関西出身の両親のもと育つ。社宅で年上の子どもたちに囲まれた幼少期から一転、引越後はひとりっ子を実感。中学で吹奏楽部と生徒会、高校では文化祭・茶道部・ガールスカウトに打ち込む。福祉学部に進むも母の乳がん手術で疲弊し留年。大学4年時に3.11で高校同級生を津波で失い「私が死ぬべきだった」と苦しんだが、友人Hくんの言葉に救われた。

これはTさんが死ぬより、私が死ぬべきだったんじゃないか? とか。

これから

結婚して子どもを3人持ち、家族単位で過ごす普通の休日を夢見る。父の空き家がある兵庫で暮らし、ペン習字の師範資格を活かした仕事をしたい。最終目標は駄菓子屋を開いて子どもたちに現金の使い方を教えること。日本の伝統文化を若い世代に継承する活動にも関心がある。ひとりっ子として両親を看取ることが使命と考えている。

私、最終的な目標は、地域の子たちに現金の使い方を教えたいんですね。だから、駄菓子屋みたいなの開いて。
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