創作
「創作」を語った421人の声(3/4ページ)。
愛おしいですね。彼らのために頑張れますね。
現実を見ないと夢をかなえられないから、現実を見てるだけで。夢だけを見て、夢を全部誰かが叶えてくれるような社会だったら、僕は夢しか見ないです
人と話すときとか、その人に合った猫をかぶるというか、自分だけが知ってる自分を守れてるのが安心するし、相手にとっても、それが一番差し障りないかなって思うように…
自分と全然違う立場の人とか、自分と全然違う価値観を持った人と関わることで、違う考え方とかできるようになったりとかいろいろ視野が広がったりすると思うのでその機…
一緒にいるときにそういう年齢差を全く感じなくて、自分が。不思議なんですけど。一番自分らしくいられるなっていう風に思うんです。
自分で自分のことを話せるようになるっていうのは良いことやなって、今でも思いますね
日本の神様と話をするとか何か見せてもらったりとかができる人なんです
明らかに喜ですね。ずっと楽しいし喜び感じてますね
東京のすごい消費を迫ってくる感じみたいなのから離れられたのは良かったなって感じです
学問の冷静さが自分にとってとても心地良い
逆になんか幸せになりすぎると、今まで大変だった分嫌になってきて。なんか幸せになるのが怖いじゃないけど。
自分の世界がこれで広がると期待できたときが、すごく嬉しいです。
クライアントさんがどういったものを作ってほしいのか、私に対してどういったものを作ってほしいと思ってるのか、そこら辺を何とかできる限り汲み取りながら、一つ一つ…
たぶん好きなことをやる人って、それを考えない勇気というか、それも必要なんだなって思いましたね。
本というのは読みたい人がいて必要なんだなということを感じています。
もしいいねって言ってくれたら、そうだよね、でしょ?みたいな。
仕事と家庭を天秤にかけたら迷わず家庭を取りたいと思っていて。
自分のことを客観的にも見れるようになってきたので、それも含めてすごく愛おしいっていうか、好きな部分だなって思います。
結局誰かのためになりたい、何か達成したいと思ったら自分の可能性を自分で決めちゃいかんなと思って。
やっぱり主人が、こう笑顔で帰ってきたときっていうのが1番の癒しなんで。
感想をくれるっていうことの喜びが、人生今まで感じたことがないようなもので。
多趣味なことに多分きっと僕は憧れてるんすよ。
ずっと思ってるのは、別にこの世界が特別悪いわけでもないから、生きたい人は生きればいい。で、合わないなって思う人は、別のとこに行けばいいんじゃないかなって
どちらかというと、気持ちをなくそうとしてるかもしれないです。何かゼロに戻すっていうか、マイナスなこともプラスなことも、どっちも本当に一旦なくしてほっとしてリ…
今は逆にやりたいことがいっぱいあったり、他の病気を抱えてる人たちのためにいろんな活動をしたいとかっていうふうに何か生きたいって思える自分が好きですね。
占ってるお客さんに、自分みたいに自己肯定感が低いまま生きて欲しくないというか。それがあるから占いしてるんだと思うんです。
官能小説を小説投稿サイトに投稿してまして
今生きてる時間は余命だなっていうことを思いますね。いつ死ぬかもわからないから。うん。余命を生きてるなって。
苦労とか無駄じゃなかったって思えましたし。
めちゃくちゃ正直に言うと多分一人で生きていくだけならもっと楽に働く方法がいっぱいあると思っています。
最初はしんどかったけど今はね、幸せなんですよ。
やっぱり、経営者とかトップになっちゃうと、人の人生を抱えているんだなっていうところがあって。
私が死ぬ前直前とかに、私が描いた絵が並んでたら、私こういう人生生きてきたんだなみたいなのが見えるんじゃないかなっていうのはずっと思ってて。
仕事が好きっていうよりは、その会社が好きなので、何か成果を上げたいっていう感じですね。
身内のフィルターみたいなのにかからずに、自分のネタを見てくれる人がいるんだなって思って結構嬉しかったです
昔の自分からしたら考えられないぐらい今は前向きになれてて、絶対今後何があっても自分は幸せなんだろうなって思えるようになりました。
私は、人を応援するのが好きっていう前提があるんですよ。
自分の扱い方みたいなのを作っている感じがここ1年はあります。それがあるとないとではたぶん全然違うと思うので。
自分の言葉で、誰かがつらかったり今日きついなって思う人がふと僕の書いた言葉とかを見てちょっとでも心が軽くなってもらえたらなっていう。
お金にもならないし、本業と関係ないこの「フィネガンズ・ウェイクを読む」に今一番時間を使ってる状態なんです
私のことはネガティブな人だなって思いながらも、みんな付き合い続けてくれてる
本を読んだりとか半身浴したりとか、そういうちょっとしたことで幸せになれる人なので。
意外とお客さんと接するのが楽しいっていうことに気づけた
自分、めっちゃ自分好きなんですよ。「俺面白いな」って思ってるんで、「俺が書いてる文章おもしろ!」って思いながら書いてるんですよ。
自分のためだけにただ無心で器にヤスリを1時間かけるとか、ただただ作業の繰り返しなんですけど、穏やかな時間って過ごしたことがなかった
結局、あの吉原があったから、生きられたっていう部分はあるんですよね。
社会から切り離された場所でゆっくり休んで。自分を見つめ直すような場所なんですね。
実を言うとこういう気持ちの話を誰にもしてなかったんですよ、実は。なので前からね、何を考えてるかよくわからんとは残念ながら言われてて。
イベントを企画するようになってから、自分のアイデンティティってこれかな、みたいなものがわかるようになりました
仕事と趣味っていう明確な線引きをしている分、今日は楽しむ。今日は頑張る。今日はダラダラする。っていう、メリハリっていうのがすごくついたような感じがします。
エッセイを書いてるうちに、私ってこんなに自分のことを喋りたかったんだなっていうことに気づきまして。
形にはなっていってはないけど、諦めないことが一番大事だと思っています。
何をしてもしなくても、地球に生まれてきた時点で「すべてのひとがアート」だと思うんですよ。
本当に11年やってて、報われたなって。最初はもうびっくりしましたけども、連絡がきたときは。えって思って。
1ヶ所にとどまることができない性分なんですよね。
給食ってほぼほぼみんな好きじゃないですか。
自信がないから行動する みたいな感じで、意外と関連はついてる気はしなくもないんですよね。
なんか今、英語の先生してますって言ってるけど私、今、本職は多分旦那と暮らすことなのかなというか。
「死にたい」と思いながら生きていてもいいっていうことを伝えたいですね。
その時にしか撮れないもの、その時しか見れないものっていうのを、写真で残していくっていうのはすごいいいなって思って
だからもう今100%です。自分大好き人間です。
みんなが羨むようなところに就職をもらってしまったからには、これを無駄にしたら人生終わるって思ってしまうんだろうな。
小説を書くのが好きなのではなく、字を書くのが、タイピングをするのが本当は好きで。何もしないで無心にタイピングをする
みーさんとくろこちゃんが考えている話を、私、偏光が書いているだけって感じです。
本当に日常の、自分の見えてるものをちょっと目線ずらしたとこにあるようなものとか撮ったりしてるんですけど。
自分の価値観に合わないことを受け入れられないんです、私。
文字を書くっていうのは、私の体の一部を代弁する、状態の一部を代弁してくれるツールですね。
二つやっていることで譲れるようになってますね。片方で試せないことをもう片方で試すっていう感じですね。
私は多分、自分は幸せに生きてくっていう確信と、あと自分の人生の向上心が多分、すさまじいんですよね。
自分ひとりで解決できない課題が、好きだからこそ見えてくる、だからこそ、みんなで解決するためにいろいろやってる
自分のやりたいことを仕事にするっていうのと、趣味で止めとくっていうのの、その、境目っていうのがわからないんです。
ひねくれてはいると思うんですけど、ただ自分が納得しないと、曲げたくない性格ってある気がしてて。
やっぱり、自分はそれこそ何度でも言うように、自分こそ無印本命だと思ってるからね。
やっぱり自分で選んだ場所に対する思い入れっていうのがより一層深くなると。自分が選んだ場所だからこそ成長できるっていうのもあると思うし。
いろんな自分のしたい事をもっと進めていくとか、そういう話を聞いてくれる体験あんま自分になかったんで。
昔は妄想する方が多分めっちゃ好きだったんですけど、今は妄想してるだけの自分に嫌気がさして、ちゃんと現実と向き合おうっていうフェーズにあるかもしれないです。
人と話をすること自体は好きな方で。ちょっと自分の限界、どこまでこのコミュニケーションスキルが通じるかっていうのを、業務上で確かめてみたくて。
コップ割ったことを思い出して、悲しいって思うかは今の自分による。そこに昔の感情が付随されないっていうか、悲しいと思ったなっていう事実はある、みたいな感じ。
話すことで出せなかった思いとかをその文章としてなら書けるかなっていう願望で、そういう気持ちでnote始めました。
外に出ることに苦痛がなくなったのは大きいですね。それまでずっと1人で家でおったような感じだったんで、ほとんどの日がね。だから外に出て人と話すようになったのが…
私のコピーはしなくていいって言っていて、ほんとに、自己対話、自分の体の声を感じて、聞き取って、それをかなえてあげる
ピアノと一緒に、同じ場所にいるっていうこと自体楽しいかな。
どうしても書くだけ書くだけってしてたら、もうなんか自分の中からもう全部何もなくなっちゃうみたいな気がして
無理してやりたくないことやらなくていいのかなって思ったりしてます。
自分の想像の中の世界のものを実際に形にできるっていうのが、すごく面白いっていうのがありますね。
入院してる人たちから”看護師さん”とかって呼ばれるんじゃなくて、名前で呼ばれる看護師になりたい
「できません」って言えるようになってから人にも優しくなりました。
この人には敵わないって人を探している んだと思うんですね。
それでいろんなことにチャレンジして、主張していくうちに、気がついたら、願望だったピンクの髪の毛になりました。
子供がいてくれて子供を見てるだけで幸せ、それ以上何もいらないって初めて思いました。
自分に合わない場所だったりとか、役割を担って、また自分を忘れてしまうんだったら、好きなことをしたままずっと好きな自分でいようと思っています。
どんどん考えるより行動した方が、人生楽しいなって思うようになりました。
なんかちょうちょみたいに、「このお花きれい」みたいにふらふらしていって。生きてるだけに見えて、ちょうちょだって蜜を運んだとかりちゃんと仕事になってるし。別に…
自分の家庭環境っておかしかったんやって認めてから、自分の人生を生きれてる感じがしてます。
最近、今年の5月にnoteを始めまして。もうすごい楽しくて。暇さえあれば文章を書いてたいっていうぐらい、すごく文章を書くのにハマってますね。
星野道夫さんもそうだし、同じ考えを持ってる人はいて。ただすごく数が少ない。だから今の状況になっている。
自分の内面と向き合いながら、行ったり来たりしてるところというか。
自分のために生きなきゃみたいな思いが強くなった。
今は、恋愛に対してそこまでキラキラしたものはないんです。
もうそれ知ってるからいいやとかじゃなくて、改めて振り返って見てみると、また違うコンテンツっていうものになってくるんだろうなと思っていて。
匿名で何も喋らずに、ただ同じ人たちがいる中に参加ができるっていうのも、一つの強みなのかなとは思いました。
全部があなたにとって必要なことで、あなたらしくて、それでいいんやよって伝えていきたいんです
もしかしたら、孤独感があったから20年続いたのかもしれないですね。
やはり納得がいくかいかないかって大事だと思ってます。
でもなんか物足りないなっていう感じがいつもつきまとうんですよね。見た目ではかなり充実した毎日を過ごしているように思われるんだろうと思うんですけど。もっと色々…
文章だから好きっていうよりは、それを書くことによって自分が癒されたりとか、周りの人が喜んでくれるから好きなんだなっていうふうに思って。
でも今、不幸ではないんですよ、全然。むしろこんなことを考えられるって、多分幸せなことだと思ってるんです
私にとって趣味っていうのは、ある意味、抗生物質みたいなもんですね。
喋ってる声があるだけで楽しいって言ってくれるので、それはものすごく自分として嬉しいし、誰かのためになってんだなっていうのは思ったりします。
仕事めっちゃ頑張ったから、スキルとか知識は身についたけど、幸せになったかみたいなのを考えると、はてなマークみたいな感じで。
自分と考えが違えば違うほど面白い
自分の人生は本当に1回しかないので、誰に遠慮することもなく、ちゃんと自分の人生を生きるっていう考えは、すごく大事だなって思います。
今は心が消費されない選択しかしてないので。
最近の僕自身の楽しみ方としては、感情に素直な写真を撮るっていうことが楽しくて。
「頑張っている」というのは、自分で言うものじゃなくて、人に言ってもらうもの。
無駄な努力、無駄な頑張りはせずに、自分のしたくないこともすることなく、本当に今やりたいことを淡々とやっていくというのが、私の中では「楽な」という意味ですね。
自分の中での安心感を感じて、人間って綺麗だなって思えるんですね。それで満たされるっていうのがあります。
満員電車で椅子取りゲームしてる朝が馬鹿らしくなるくらい、優しい空間と優しい人に出会いました
なるべく本人が話した通りに書くっていうことと、本当にラジオを聞いてるみたいな原稿にしたいと思っていて。
文章を書いていくと、いろいろ自分の中で整理できますし、リライトとかできるんで。動画とか音楽って、作り直しってなかなか難しいっていうところもありますし。
