海外
「海外」を語った236人の声(2/2ページ)。
パリ滞在自体はめちゃくちゃ満足だし、そのエネルギーを持った状態で、日本でも高揚感みたいなのをキープしたまま今いれてるので、日本帰ってきて残念とか全く思わない…
地平線で話をするのならば夜明け前 みたいな感じがちょっとしてます。
結構何でも楽しめるっていうか。深く考えてないから。なんか勝手に全部、全て自分が当事者なのに、結局全てを客観的に見てしまうので、結構何でも楽しいって思えるかも…
その1ヶ月で私ドイツで全然暮らせるなっていうのを確かめたので、2021年の10月に1年ワーキングホリデーで滞在して。その後はずっと妻と暮らしてって感じです。
何回か受けていくなかで、本当に息がしやすくなった瞬間があったんですよ。「私今まで30数年間生きてた中で、ちゃんと息してなかった!」って思うぐらい、ふっと軽く…
ぶっちゃけ、こんなにしんどい思いをして、周りからしてみたらもうそんな壮絶な人生なのにって言われるのに、でも私自分の人生好きなんですよね。
そのまま自分のやりたいことをその場その場でやって積み重ねた結果それが私の人生1本になるみたいな感じですね。
すごく濃い時間というか、分岐点とも言えますね。「ここから始まるんだ」みたいな希望やワクワクもあるんですけど、恐怖心とか不安が両方混じったような感覚ですね。
でも基本的に海外に来てることとかもあり、タジタジしないというか、基本的にはチャレンジして飛び出す系の人だよね、みたいな認識をされてると思います。
海外に行くことには、考え方だったり、生きる力だったり、人間力を養う意味もあるんですよ。
私は、人生の中にチャプターがあると思っているんですけど。二十代の後半になって、今ちょうど新しいチャプターが始まるところです。
私、何かしていないと考えすぎちゃうので、もうひたすら何かしてる感じです。
今、自分でどうにかしようって思いました、ありがとうございます。
仕事は、めちゃくちゃ楽しいです。
全部諦めました。
やった人だけが結果を出してるから、だから何もやってないやつに本当に言われたくないんですよ。
思った以上に自分らしく私がいることって、周囲にインパクトがもしかしてあるのかなっていうふうに思い始めたところですね。
私たちはまだボランティアです。動物保護でお金を稼ぐのはとても難しく、
現代社会の過度なコスパ信仰さえはね飛ばすざらりとした質感と人のリズム。
私なんか、幸せですよね。どう考えても今。
別にお金がなかろうが、どうにかなるっていうのがわかったから。
Mになったときに、自分に…あんまり判断力はなくて、他人に任せて快感を得るっていうのにもすごいなんか、変にリラックスする感じがあるんですよ。
全然バックグラウンドの違う人たちが同じ道を歩くっていう不思議さみたいなのがすごく印象的だった思い出があります。
本当に「喋れれば何でもいいんだな自分」っていうのは思いましたね。
私にとって犬たちは家族ですし、支え合っていると思います。私が元々鬱病を患って長いのですが、時々沈んでいる時に犬たちが「大丈夫かー」みたいな感じで来てくれるん…
最初の半分はすごい楽しくて、中間は移動でやられて、最後の数日はまた楽しかったっていう感じです。
人生で生きてきて、一番多くの人に祝われた気がします。
トマトを切りながらすごい勢いでキレてくる日本人って、結構やばいなと。
このタイミングでこの人と会えたのって、自分の気持ちが落ちた意味があったかもしれないと思うくらい、良い刺激をいただいてます。
簡単に言うと、釣りって本能に訴えかけてくるんですよ。
「そこに思い悩む理由に何がある?」みたいな、「悩んだからって、何がいいの?」っていうのは僕の価値観なんでしょうね、多分。
やっぱりやりたい放題やらせていただきます。
いろんな人にちょっかいをかけているうざい感じの人ですが、人のために動いているような性格です
なんか、海外でしか適応できない自分もちょっと嫌だったんですよ。
やっぱり人の医療というか困ってる患者さんのために何かしたいのは、別に縛られてるとかじゃなくて自分が本当にそうしたいならやっぱそうしようかなみたいな感じで。
仕事でも全部完璧にしようとしちゃうんですよね。ほっとけない。 だから結局何か自分のしたいことは後回しで。
自分の世界から「おかえり」みたいな感じで、自分を人間社会に戻してくれる存在が人間かなって。
書くっていうところを軸に置いて、これから先生きていきたいっていう気持ちもあったりするので。プラスこれまで自分を支えてきた音楽に対して何か報いたいっていう気持…
その優しさというか、自分のその良さが自分をちょっと苦しめてるなって思ったりすることもある
こんなに母親の表情一つでわたしは影響を受けていたんだなって思ったんです。
自分が好きになったものに対して消費者のまま終わるのがすごく嫌で、その作り手と受け取り手の間に川が流れてるとして、僕はその川を渡りたくて。
趣味だったり自分の触れてきたサブカルチャー的なものが人間を形成するって僕は信じてるので、同じ趣味があったら、ある程度その性格的なものにも共通項があるんじゃな…
いつも考えすぎると死ぬしかないっていう結論に至るけど、でも同時に自分が死ねないっていうのわかってるから、その結論にたどり着く前に強制的に自分で考えるのをやめ…
根幹の部分では、本当にありがとうしかない。
面白い、実際に役に立つ!と思えるから占星術とコーチングは続いたと思います
他人ってそんなに自分のこと気にしてないんだなっていうふうにも思えたので、好きに自分を表現できるっていうのはあると思います。
何もしていない人と言いたいです。
私は才能も何もない男なんですけども、何がすごいかって、あえて言うなら、友達がすごいんですね。仲間がすごいんです
そもそも自分が楽しんで満たされていないと、その溢れたもんでしか周りの人を幸せにすることはできないって思っているから、そう生きたいです。
苦ではないですね。やりたかった仕事だし、日本のスターバックスにいるときも海外のスターバックスで働いてる日本人の方の記事を見たことがあって、まさか私も働けると…
自分の力で来たんだっていうふうに思いました
本当にコミュニケーションの能力的に、本当に爆爆上がりみたいな感じかもしれない。
学問の冷静さが自分にとってとても心地良い
夫と出会ったときに初めて何も見返りもなしに、この人のためにこういうことしてあげたいって初めて思えたんですね。
自分と向き合うっていうのがすごく楽しい
時間を意識できてたからこそ、いろんな経験ができたことは間違いない
めちゃくちゃ正直に言うと多分一人で生きていくだけならもっと楽に働く方法がいっぱいあると思っています。
努力家なのかって言われると、努力してる感覚がないんですよね。楽しいからやってるだけなので全部。
私はその不器用なところを、自分の中の愛嬌だと思っている。最近になって、やっと自分の不器用さを何とか好きになれるようになった。
自分もこのお客さんじゃなくて、ステージ側からお客さんを見てみたいなって思って
何をやるかより、誰とやるかみたいな方が私すごい大事にしてるので。
お金にもならないし、本業と関係ないこの「フィネガンズ・ウェイクを読む」に今一番時間を使ってる状態なんです
本を読んだりとか半身浴したりとか、そういうちょっとしたことで幸せになれる人なので。
ヒップホップのことを仕事としてやれてるところが、自分の人生の中でやっぱ楽しい
今は激しく動くのよりも、とりあえずアパートはここにあって、行きたいところにそこから出向く、っていう感じになってます。
興味がないこととか自分に関係がないなって思ってたことを知ることは、大事だし、思ってる以上に面白いことだな っていうのを中国で学びました。
同じ場所にずっと居れないんですよ。同じ家に居て、帰ってっていう、そういうスタイルがあんまり自分の性格上、駄目で。
脳みそがガバッて。本とか読んでもそうですけど、世界の解像度が上がっていくというか。
ひねくれてはいると思うんですけど、ただ自分が納得しないと、曲げたくない性格ってある気がしてて。
どこに行ってもやっぱり自分は自分やなっていう。
コップ割ったことを思い出して、悲しいって思うかは今の自分による。そこに昔の感情が付随されないっていうか、悲しいと思ったなっていう事実はある、みたいな感じ。
やりたいことやらなかった後悔の方が嫌だなって思えるようになったきっかけですね。
私のコピーはしなくていいって言っていて、ほんとに、自己対話、自分の体の声を感じて、聞き取って、それをかなえてあげる
子供がいてくれて子供を見てるだけで幸せ、それ以上何もいらないって初めて思いました。
人間力が1番伸びたなって思って。
私、人生ずっとやりたいことやってるんで、これからやってみたいと思うことはもうやり始めてるんですよ全部。
最近、今年の5月にnoteを始めまして。もうすごい楽しくて。暇さえあれば文章を書いてたいっていうぐらい、すごく文章を書くのにハマってますね。
何かしら考えてる。ずっとバーって思考が止まらないタイプなんですけど、その時間は「ふっ」て無になれるというか
僕、実はいつ死んでもいいと思ってるんですよ
今までの生きづらさが、全てここで解消されたぐらいな。
日本の文化はすごい好きなんですけど、好きな反面、生きづらいなって思うところも結構あって。
その言葉自体では「女性」って言っていますけど、「フェムテック」の原点というと、そもそもその「女性の体を持つ人が、自分の体と向き合って、親しくなる」とか、「健…
人は人、自分は自分。歳を取って、その傾向はより強くなってきましたね。
それまで蓄積してきた経験や努力だったりとかを、30代は形にしていきたい
友達に言えないようなことを、いっぱいお話してくれて。その感覚が、すごくうれしくて楽しくて。こういうことがしたかった、みたいな気持ちになりました。
なるべく本人が話した通りに書くっていうことと、本当にラジオを聞いてるみたいな原稿にしたいと思っていて。
会社に属す属さないに関わらず、会社にしがみつかないで仕事はしたいなって思ってます。
その人の強みっていうのは、自信をなくした中にも絶対あるって思っているので。そういったところで、それを発掘するっていうか。あ、ここにあった、よいしょって引っ張…
将来日本に住みたいっていう気持ちが失せたので、移住しようかなって思って。
自分と他人は違うって分けてから、すごく気が楽になって。楽しくやってます。
やりだすと楽しくて、終わったあととかもすごい覚えてて、余韻に浸れるっていうか。
相手がありのままだと自分もけっこうありのままになれるなっていうのがあるので。
僕はいつ死んでもいいんですよ。もう人生楽しんできたから。
パッションを持ってる人のお手伝いをするっていう方が性に合ってますね。
私のアイデンティティは、人の魂の音を奏でて、その人自身に言い聞かせてあげるっていうことなんです。だから、ミッションは魂の音を震わせること。
インディペンデントでぜんぜん何も後ろ盾がない個人が、これおもしろくない? って言ってそういうスタンスでZINEを作ることは、すごい面白いことじゃないですか?
もう1個が、モテたい、です。モテるって、じゃあどういう状況かっていうと、意見を聞いてもらえる状態なのかなって。
自分の中で整理できてないことがあって、それを整理できたらいいなって思って応募したんですよ。
こんなバカな俺でも、一応生きてるんだよっていう形で、ちょっとふざけた内容を出していこうかなあと、最初noteを始めたきっかけでもありました。
お母さんがストレスたまらない方法というのが、一番合ってる方法なんですよって。
次また考えればいいかなとか、嫌だったらもう逃げてもいいじゃないかって。良い意味で、自分を許せるようになりました。
子どもたちは学校以外の環境は気に入ってるみたいです。
とにかくこの子を支え抜くと。最後まで諦めずに支える、どんなことをしてでも、この子を支え抜くって覚悟を決めたんです。
めちゃめちゃ楽しんでますね。私、いつ死んでも本当にいいやって。
誰にもダメだって、そんなこと言われてないんですよね。誰にもそんなこと言われたことないんですけどね。勝手に思ってるんですよ。
Making music is like birthing a child.
研究の面ではものすごく楽しんでいますね。
僕自身はそんなに自覚してないんですけど、人柄とかすごく褒めてくださる方が多いです。
子供といると自分が成長するんですね。そこが面白い。
だから自分がいつも心地よい状態でいるというのが、私の仕事だと思っています。
とりあえず薬を出すみたいな医療じゃなくて、もうちょっと原因について考える医者というのがもっと増えたらいいなと思って。
日本の場合はあれなんですよね、規律や態度をたたきこむでしょ。日本の方が特殊なんじゃないかなと思ったりします。
人として否定したわけじゃないんですよね。あなたのこと嫌いって言ったわけじゃないし。
自分の本なんだから、自分を書いていいじゃないと、自分に許可を出してしてからやっと書けた感じです。
自分はまだ全然国際協力の経験がないし、はっきりした問題意識もないんだなあと感じました。
自分も迷惑をかけるし、かけられる、ということが全然ストレスにならないんですね。そこがすごく好きです。
