病気
「病気」を語った187人の声(2/2ページ)。
逆になんか幸せになりすぎると、今まで大変だった分嫌になってきて。なんか幸せになるのが怖いじゃないけど。
結局誰かのためになりたい、何か達成したいと思ったら自分の可能性を自分で決めちゃいかんなと思って。
多趣味なことに多分きっと僕は憧れてるんすよ。
周囲の人からは、もうとにかくお喋りで明るくて。それこそ、うつ病に無縁みたいな感じと言われてました。
今は逆にやりたいことがいっぱいあったり、他の病気を抱えてる人たちのためにいろんな活動をしたいとかっていうふうに何か生きたいって思える自分が好きですね。
努力家なのかって言われると、努力してる感覚がないんですよね。楽しいからやってるだけなので全部。
人間って意外と窮地に追い込まれたら強くなるもんだなって今思ってますね。
自分のためだけにただ無心で器にヤスリを1時間かけるとか、ただただ作業の繰り返しなんですけど、穏やかな時間って過ごしたことがなかった
結局、あの吉原があったから、生きられたっていう部分はあるんですよね。
社会から切り離された場所でゆっくり休んで。自分を見つめ直すような場所なんですね。
心の中にある感覚みたいなのを無視できずに、無視してしまうとしんどくなるっていう性質を何か表すのかな
イベントを企画するようになってから、自分のアイデンティティってこれかな、みたいなものがわかるようになりました
エッセイを書いてるうちに、私ってこんなに自分のことを喋りたかったんだなっていうことに気づきまして。
形にはなっていってはないけど、諦めないことが一番大事だと思っています。
「自分をする」って言えばいいのかな? とにかく、多分今、ずっと自分のことばっかり考えちゃってるのかもしれないなってちょっと思いましたね。
それがもう、当時はもう怒りだったんです。めちゃめちゃ怒りで。はあ? ってなったんですけど、正直、その怒りをきっかけにNPO作ったんですよね。
なんか今、英語の先生してますって言ってるけど私、今、本職は多分旦那と暮らすことなのかなというか。
「死にたい」と思いながら生きていてもいいっていうことを伝えたいですね。
だからもう今100%です。自分大好き人間です。
体調がいいときは寝なくても動けちゃうくらい調子いいんですけれど、逆にダウンしたときは、本当にベッドから一歩も動けないみたいな。
みーさんとくろこちゃんが考えている話を、私、偏光が書いているだけって感じです。
闇が深いな思ったのと、あとはサポートの限界もあるなっていうのは、もう早々に感じてますね。
文字を書くっていうのは、私の体の一部を代弁する、状態の一部を代弁してくれるツールですね。
やっぱり自分で選んだ場所に対する思い入れっていうのがより一層深くなると。自分が選んだ場所だからこそ成長できるっていうのもあると思うし。
なんかもう、生きてるだけでお得だなって最近思えるようになって。
人と話をすること自体は好きな方で。ちょっと自分の限界、どこまでこのコミュニケーションスキルが通じるかっていうのを、業務上で確かめてみたくて。
好きなことやってたら、誰かに喜ばれて、それが価値になっていく
私のコピーはしなくていいって言っていて、ほんとに、自己対話、自分の体の声を感じて、聞き取って、それをかなえてあげる
ピアノと一緒に、同じ場所にいるっていうこと自体楽しいかな。
自分の想像の中の世界のものを実際に形にできるっていうのが、すごく面白いっていうのがありますね。
「できません」って言えるようになってから人にも優しくなりました。
私は結婚式って「自分に向けられた思いに気付ける場」だと思っていて。
まずは自分を満たすっていうことを一番に考えるのでストレスがない。
変わって、自分が思うように生きられてる証拠かなと思いますよ。
自分の家庭環境っておかしかったんやって認めてから、自分の人生を生きれてる感じがしてます。
星野道夫さんもそうだし、同じ考えを持ってる人はいて。ただすごく数が少ない。だから今の状況になっている。
普通にお金があって困らないってすごいですよね。とりあえず、あとは少し余ったお金で旅行に行けて、好きな人とご飯に行けて、なんかもうそれだけで多分幸せです。
自分の内面と向き合いながら、行ったり来たりしてるところというか。
自分のために生きなきゃみたいな思いが強くなった。
自分だけじゃない誰かのために、何かを費やすっていうことを繰り返していくことも、やっぱり自分の成長にも繋がっていったなと。
多分、その人の行動とか心とか知るのが好きなんだと思います。
でもなんか物足りないなっていう感じがいつもつきまとうんですよね。見た目ではかなり充実した毎日を過ごしているように思われるんだろうと思うんですけど。もっと色々…
それを考えちゃうと、たぶん、また自分にできないことにばかり目が行っちゃうと思うので。
人生が深くなったっていう感じですかね。
好きなんですよ。福祉業界は、好きだけど嫌いというか。
今、内情が全部見える、母の弱いところが全部見えるのが私だけになってるんで、その立場を抜けてしまうことに罪悪感みたいな気持ちがあるかな。
自分って、こんなに個性が強かったんだってわからなかったんですよ。私は私が普通だったんですよ。
わたしは多分今が一番しあわせなはず。自分の意志でやっと表現できるから、ネット社会にも感謝しています。
「出会えて良かった」と言っていただいたときが本当に至福ですね。
自分で努力して手に入れた、宝くじで当たったような体ではないので、それまでの過程が、自信に繋がってるっていう感じかな。
今は日本茶って、余韻だなって思うんです。
人間というのは、すべてがフリーになってしまうとっても不安になる。例えば太平洋の真ん中で、一人放りだされて、さあ自由だ、と云われたって、いったいどこに進めばい…
その人の強みっていうのは、自信をなくした中にも絶対あるって思っているので。そういったところで、それを発掘するっていうか。あ、ここにあった、よいしょって引っ張…
本当にね、目覚めたっていうか。これが天職なんだって思いますね、本当に。
1年間待ってみたら、人生がつながってきたな、って最近、思いましたね。
目の前のことだけやってるのは、私は違うなと思って、たぶん、複雑な人になっているんだと思います。
光の部分っていうか、光と影が両方ないと成り立たないものじゃないですかカメラって。でもその光をうまく表現するとか光ばっかフォーカスしてる時は辛いんですよ。
「あ、人は正解を知りたいんじゃなくて、納得したいんだな」って思ったんですよ。
私のアイデンティティは、人の魂の音を奏でて、その人自身に言い聞かせてあげるっていうことなんです。だから、ミッションは魂の音を震わせること。
インディペンデントでぜんぜん何も後ろ盾がない個人が、これおもしろくない? って言ってそういうスタンスでZINEを作ることは、すごい面白いことじゃないですか?
次また考えればいいかなとか、嫌だったらもう逃げてもいいじゃないかって。良い意味で、自分を許せるようになりました。
どんぶらこっこって何も考えないで流れに乗ってたら、なんかこうなってた、みたいな。
僕には人に話せる中身もなければ、論文も書けないと思ったんですけど、いざnoteを書いてみると、僕でもやろうと思えば書けるんですね。
子育てを始めてから真面目すぎて困ってましたね。遊びがなくなってしまった感じで。
何もしないでここで寝て毎日過ごすっていうのはとにかく嫌なんですよ。
だから自分がいつも心地よい状態でいるというのが、私の仕事だと思っています。
ちょっとでも、こんな人もいるんだよ、てことを伝えれたらいいなみたいな、そんな感じでした。
