無名人時計
【海士町】人から学ぶ自然から学ぶ本から学ぶっていうのを死ぬまで続けていきたい人

【海士町】人から学ぶ自然から学ぶ本から学ぶっていうのを死ぬまで続けていきたい人

医療・福祉 2025年
僕みたいな年寄りでもその文化を作ること、クリエイティブなことが大事なことじゃないかなということで、そういういろんなことをやりながら、後鳥羽院文化を広めています。

現在

中里区区長として2年目最終月、4月から福井小学校で初任者研担当に専念。隠岐神社・社会福祉協議会・退職公務員連盟など複数の役を担い、合唱部立ち上げが現在の最大の活動。後鳥羽院の和歌に曲をつけ、明日合唱発表会。m-1グランプリ出場経験、9年目のどじょう掬い踊りも継続。68歳、ピュアな心を大切にし、純粋な小学2年生が好き。野菜作りと俳句を通じた自然の美しさへの感性で生活を豊かに。

過去

隠岐の島町出身、小学校時代は楽しく中学校時代は最も楽しかった生徒会長活動の時期。高校は失敗の連続でバスケ部1学期で辞めて野球部に2学期入部も3年で受験のため退部、何事も中途半端と後悔。玉川大学で教員養成を学び、教員生活は隠岐のみ。1年目で学級経営に失敗し全生研→tossで集団指導法を学んだ。校長を経て60歳で退職、図書館長を4年、4年前から初任者研担当。海士町出身の妻と結婚して20年。

通信表に、僕が教員の道を進むということも想定していたと思うんですけど、「日本一の教師になれ」って最後の通信表の所見欄に、ただそれだけ書いてあったんですよ。

未来

後鳥羽院文化を広め海士町を「文化の島」として有名にしたい。「うたとともにある島をつくる会」で松山市の俳句システムを学び海士町に移植したい。安来節全国大会出場の夢を諦めず昇段審査を続ける。野菜作りと俳句で自然の美しさを表現する晩年を理想とする。山陰中央新報「こだま欄」への投稿継続。年寄りでも地域の活性化に貢献できることを示したい。「人から学ぶ・自然から学ぶ・本から学ぶ」を死ぬまで続けたい。

これからも、人から学ぶ、自然から学ぶ、本から学ぶっていうのを死ぬまで続けていきたいなって感じですよね。
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栗林康弘

このインタビューの監修

栗林康弘(qbc)

無名人インタビュー主宰/聞く学校 校長

2020年に無名人インタビューを始めました。自分で872人の話を聞き、423本を編集。いまは16人の制作メンバーとともに年間約400件のインタビューを行い、これまでにのべ132名が聞き手・編集として参加しています。公開した実例は1,500件以上。聞き方の体系として「平聴(フラットリスニング)」を提唱し、2026年に「聞く学校」を開きました。1978年生まれ。(2026年8月21日現在)

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