無名人時計
The Interview with Unknown People:A person who came to Japan and became more open than ever while respecting others./無名人インタビュー:日本に来て、相手に敬意を払いながら今まで以上にオープンになった人

The Interview with Unknown People:A person who came to Japan and became more open than ever while respecting others./無名人インタビュー:日本に来て、相手に敬意を払いながら今まで以上にオープンになった人

教育 2021年
It's so rewarding to see the students' growth, not only in English but also in their attitude and character.

現在

東京のバイリンガル幼稚園で3年勤続の英語教師として5〜6歳児を担当。70名中3名の中国人・2名のハーフを除き日本人が中心。「アシュリー先生だいすき」と手紙をもらうほど子供と密な関係を築いている。インターン終了後、英語教師に方向転換してビザを取得、ボーダレスハウスというシェアハウスに住み、当初のシャイから2019年以降に自発的にコミュニティ作り・パーティで大声出すなどオープン化、enfjに性格診断結果も変化した。

過去

オーストラリア・パース出身。小学校3年から大学卒業までずっと日本語を勉強し、大学では国際関係論と日本語をダブル専攻。16歳で初めて鹿児島に3週間交換留学、静岡富士宮の叔父(日本人と結婚)宅で「学ぶしかない」と痛感した。叔父が幼少期にお土産で持ってきた話すドラえもんやひらがなパソコンが日本語に興味を持ち続ける原動力だった。大学卒業後、外交官志望でもあったため東京のオーストラリア大使館の3ヶ月インターンに応募・採用され、2018年3月に来日。子供の頃はシャイで想像上の友達を作って遊んだ繊細な子だった。

as a kid, i was actually pretty shy and grew up playing with myself and making imaginary friends.

未来

あと10年は日本に住み、観光業(特に日本とオーストラリアを結ぶ仕事)へ転職を考える。最近ウェブ記事を書いているのでライター方面も視野。日本で家族を持つこともokだが、子供はオーストラリアの教育システムで育てたい(プレッシャーが少ない、課外活動の自由、ブルーカラー職への尊重、家族・健康優先など)。lgbt・女性の権利の擁護者として、日本の若い世代の声で社会が変わることに希望を持っている。

i want to raise my child in australia because i prefer the education system.
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栗林康弘

このインタビューの監修

栗林康弘(qbc)

無名人インタビュー主宰/聞く学校 校長

2020年に無名人インタビューを始めました。自分で872人の話を聞き、423本を編集。いまは16人の制作メンバーとともに年間約400件のインタビューを行い、これまでにのべ132名が聞き手・編集として参加しています。公開した実例は1,500件以上。聞き方の体系として「平聴(フラットリスニング)」を提唱し、2026年に「聞く学校」を開きました。1978年生まれ。(2026年8月21日現在)

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