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COLUMN

聞き上手の誤解。うなずいていれば良いわけではない

聞き上手になりたい、と思って調べると、だいたい同じことが書いてあります。相手の目を見る。うなずく。相槌を打つ。共感を示す。オウム返しをする。

覚えて、実践してみる。うなずいて、「わかります」と返して、相手の言葉を繰り返してみる。でも、なぜか会話が深まらない。相手の話が、途中で萎んでいく。テクニックどおりにやっているのに、です。

理由ははっきりしています。テクニックは、見抜かれるからです。

うなずきや共感の「型」だけを実行している聞き手を、話し手は敏感に察知します。この人は聞くポーズをしているだけだ、と。察知した瞬間、話す気は失せます。聞き上手の正体は、リアクションの上手さではありません。

では何なのか。それを体感してもらうために、私たちの講座で必ずやるワークがあります。

相槌ひとつで、話は潰れる

「不快な相槌」というワークです。

やることは単純です。「昨日のお昼ごはんは何でしたか」と質問して、相手が答え始めた瞬間に、「はい。はい。」と相槌をかぶせる。わざとやります。悪い聞き方を、体験してもらうためです。

冷凍うどんをゆでて、ぶっかけにして、ゆずの絞り汁で風味をつけて食べました——というだけの、なんでもない話が、この相槌ひとつで話せなくなります。やられた側は、必ず同じ顔をします。そして言います。「……話しづらかったです。遮られそうで」。

うどんの話ですら潰れるんです。もっと大事な話なら、なおさらです。

このワークが示しているのは、会話の恐ろしくシンプルなメカニズムです。たったひとつの相槌で、人はいくらでも話せなくなる。そして逆に言えば、たったひとつの相槌で、人はいくらでも話しやすくなる。聞くことの上手い下手は、才能や人柄ではなく、こういう小さな部品の積み重ねでできています。

聞き上手は、足し算ではなく引き算

ここが、聞き上手をめぐる最大の誤解です。

聞き上手になろうとする人は、何かを足そうとします。良いリアクション、気の利いた返し、豊かな共感表現。でも、うどんの話を潰したのは「はい。はい。」というリアクションの追加でした。足したものが、話を潰したんです。

私たちが1,500件を超えるインタビューと、講座での指導から確信していることがあります。聞き方の上達は、足し算ではなく引き算です。

みんなが会話の中で自然にやってしまうこと——アドバイスする。感想を言う。自分の思い出話をする。共感してみせる。話をまとめてあげる。——これを、やめるだけでいい。

どれも、悪意のない行動です。むしろ善意です。役に立ちたくてアドバイスし、ちゃんと聞いていると伝えたくて感想を言い、親近感を出したくて自分の話をする。でも、話し手の側から見ると、これらは全部同じものです。自分の話す場所が、聞き手に取られていく。

聞き手が自分を出した瞬間、相手の話す場所は消えます。うまい質問を繰り出す必要はありません。悪手をやめれば、相手の話は勝手に流れ始めます。

「私は聞き役です」という人ほど、要注意

ここで、心当たりを点検してほしいことがあります。

自分は普段から聞き役に徹しているから大丈夫、という方。聞きながら、頭の中で何を考えていますか。次に何を言おうか。自分だったらどうするか。この話、自分のあの経験に似ているな。

口を閉じていても、頭の中が自分のことでいっぱいなら、それは聞いていることになりません。相手の話は、次に自分が話すための待ち時間になっています。話し手には、それも伝わります。うなずきの回数がどれだけ多くても、です。

聞くとは、口を閉じることではなく、注意のすべてを相手に向けることです。うなずきは、その結果として自然に出るものであって、目的ではありません。

まとめ

聞き上手とは、リアクションが上手な人ではありません。邪魔が少ない人です。

アドバイス、感想、思い出話、共感の表明、まとめ。この五つをやめる。うなずきの技術を磨くより、この引き算のほうが、はるかに効きます。そして引き算なら、才能は要りません。やめればいいだけなのですから。

やめてみると、最初はぎこちなく感じるはずです。口がうずうずする。何か言いたくなる。そのうずうずの強さが、普段の自分がどれだけ「話す側」に張り付いていたかの証拠です。そこを越えると、相手の話が変わります。相手の話が変われば、聞くことは我慢ではなくなります。


無名人インタビューについて

無名人インタビューは、2020年から続く一般の方へのインタビュー活動です。約20名のインタビュアーが年間400件、これまでに1,500件以上のインタビューを記事にしてきました。

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