無名人時計
COLUMN

共感できないまま、話は聞けます

人の話を聞くとき、共感しなければいけない、と思っていないでしょうか。相手の気持ちがわかる、と感じられなければ、ちゃんと聞いたことにならない。だから、共感できない自分は聞き手として失格だ——。

この前提が、そもそも違います。共感は、聞くことの必須条件ではありません。それどころか、共感を口にしないほうが、話が開くことすらあります。

私たちは無名人インタビューという活動で、1,500件を超えるインタビューをしてきました。その現場で起きていることをお見せします。共感の言葉を一度も挟まずに、重い話がどこまでも深まっていく場面です。

感情の質問で受ける

お子さんの障害がわかって1週間泣き続けた、という語りの場面です。聞き手は「大変でしたね」とは言いません。かわりに、次の出来事について、感情を尋ねる質問だけを置きます。

語り手:それがわからなかったんですよね、なんで泣いてるのか。ずっとわからなくて、でも涙だけは止まらなくて。 1週間泣き続けて、やっと気づいたのが、自分がかわいそうで泣いてたっていうこと。

聞き手:4年前に3人目を流産してしまったときはどんな気持ちでしたか?

語り手:そのときは、流産する子もその理由を決めてきてるっていうのを頭で知識的に聞いてたりとかしてそう信じたい気持ちもあったけど。実は、3人目は素直に喜べなかったんです。

── もしあなたが今夜目をつむって、そのまま死ぬとしたら、今日一日あなたはどうやって過ごしますか? 人(無名人インタビュー)

重い話がふたつ続いています。聞き手が挟んだのは共感ではなく、「どんな気持ちでしたか」という質問だけ。それでも——というより、だからこそ——語り手は「実は、素直に喜べなかった」という、簡単には言えない本音まで話しています。

もし聞き手がここで「おつらかったですね」と受けていたら、どうなっていたでしょう。語り手は「はい」と答えて、その話は「つらかった話」として閉じられていたはずです。

事実の質問で受ける

感情の言葉が出てきたとき、あえて事実を確認する質問で受ける、というやり方もあります。

夫から「死ね」と言われて離婚を決めた方の語りです。悲しさについての繊細な内省のあと、聞き手はこう受けました。

語り手:そのときは、ぐっ!って悲しいって自分で思ってるんですけど、多分元々そういう感じなんだと思うんです。 楽しいときとかっていうのも、楽しいって思ってるのってそのときで、後から思い出すのって、そのとき楽しかった自分のことで、楽しい気持ちってもう取り戻せないじゃないですか。そのときの感情って。

聞き手:離婚はまだされてないんですか?

語り手:そうなんです。というか、調停がうまくいかなかったのがいつだっけな。10月11月くらい、秋くらいだったんですけど。もうこの世の終わりだと思ってどうしようと思って。

── 私が今まで好きだったものを否定されてたような感じがしたから離婚する人(無名人インタビュー)

「離婚はまだされてないんですか?」。事務的にすら見える質問です。でも話は閉じるどころか、語り手は調停の失敗という次の章を、自分から話し始めています。感情に感情で応えなくても、話を受け取ることはできるのです。

時間軸を動かす質問で受ける

もうひとつ。「つらかった」という言葉が出たとき、時間軸を動かして受ける型です。

中学時代のいじめについての語りです。

語り手:そうですね。だから本当に中学のときはつらかったですね。学校に遅れるわけにもいかないし、簡単に休ませてくれる家庭でもなかったんで。

聞き手:高校生とか大学生とかも、そんな感じだったんですか。

語り手:高校は天国でした。地区の中でトップの学校があって、私服だったんですね。

── やれるだけやってみてあかんかったらもうバイトでもすりゃいいやって思ってフリーランスになった人(無名人インタビュー)

「つらかったですね」と共感で止めるかわりに、「高校は?」と時間を先へ動かす。すると「高校は天国でした」という転換が出てきて、語りは900字以上続きました。共感で受けると、話はその感情の場所に留まります。質問で受けると、話は動き続けます。

共感の代わりに、何をすればいいか

三つの実例に共通することは単純です。聞き手は、共感を「感じる」ことも「示す」ことも要求されていません。やっているのは、相手の話を受け取って、次の質問を置くことだけです。

共感できないとき、無理に「わかります」と言う必要はありません。わからないなら、わからないまま、聞けばいい。むしろ「わかります」は、本当は分かっていないことが相手に伝わってしまう、危険な言葉です。あなたの誠実さは、共感の演技ではなく、質問の質で伝わります。ちゃんと聞いていなければ、次の質問は出せないからです。

共感できない、と悩んでいる方は、聞き手として失格なのではありません。共感という一種類の受け方しか教わってこなかっただけです。受け方は、他にいくらでもあります。

まとめ

共感は、聞くことの頂点ではありません。共感できないまま、話は聞けます。感情の質問で受ける。事実の質問で受ける。時間軸を動かして受ける。1,500件のインタビューは、そのやり方で成立してきました。

わからない相手の話こそ、聞く価値があります。わかってしまったら、聞く必要がないのですから。


無名人インタビューについて

無名人インタビューは、2020年から続く一般の方へのインタビュー活動です。約20名のインタビュアーが年間約400件、これまでに1,500件以上のインタビューを記事にしてきました。この記事の引用はすべて公開済みのインタビュー記事からのものです。

聞くことは愛すること。

公開

栗林康弘

このコラムを書いた人

栗林康弘(qbc)

無名人インタビュー主宰/聞く学校 校長

2020年に無名人インタビューを始めました。自分で872人の話を聞き、423本を編集。いまは16人の制作メンバーとともに年間約400件のインタビューを行い、これまでにのべ132名が聞き手・編集として参加しています。公開した実例は1,500件以上。聞き方の体系として「平聴(フラットリスニング)」を提唱し、2026年に「聞く学校」を開きました。1978年生まれ。(2026年8月21日現在)

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