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ミャンマーで日本語教師、停電と政治不安の中で教える

ミャンマーで日本語教師、停電と政治不安の中で教える

うっちーさん 50代・男・教育 2026年
海外移住日本語教師ミャンマー会話事業
一番つらいのは、やはりさまざまな制約があることですね。生活の中では停電が日常的なので、それを気にしながら生活しなければならず、授業中に電気が全く使えないこともあります。

現在

50代前半、ミャンマーでフリーランスの日本語教師として複数の日本語学校で会話授業を担当。停電が日常的で、病気の際の医療アクセスにも不安がある生活環境の中、留学・就労前の学生に日本の文化やルール、自分の言葉で話す練習を教えている。最近は日英ミャンマー語の絵本を自費出版し、地元教師の図書活動支援やボランティアの日本語教室も行っている。

過去

学校法人でリハビリテーションの高等教育に20年間携わった後、その法人がミャンマーでの介護職員育成に乗り出したことをきっかけに日本語教師の資格を取得し、2019年にミャンマーへ渡航。右も左もわからない中、現地職員や学生、その家族に親身に支えてもらった経験が、その後恩返しの気持ちで現地に関わり続ける原動力になった。

もともとは、学校法人でリハビリテーションのいわゆる高等教育に携わっていました。それを20年間続けたあと、その法人がミャンマーで介護職員の育成を行うという方針になり、日本語教師の資格を取ってミャンマーに来たのがきっかけです。

未来

自作の絵本を使った日本語教育や、地元のミャンマー人教師たちが目指す図書館運営の手伝いをしたいと考えている。将来的には幼稚園で言語活動やコミュニケーション活動に携わりたいという構想もある。経済状況が許す限り、できればこのままミャンマーで暮らし続けたいという気持ちが年々強くなっている。

私はミャンマーでずっといられたらいいなというのが、正直な気持ちです。
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公開

聞き手:qbc

栗林康弘

このインタビューの監修

栗林康弘(qbc)

無名人インタビュー主宰/聞く学校 校長/パーソナルコーチ

2020年に無名人インタビューを始めました。自分で872本のインタビューを聞き、423本を編集。いまは自分を含む16人の制作メンバーで年間約400本のインタビューを行い、これまでにのべ132名が聞き手・編集として参加しています。公開した実例は1,500本以上。聞き方の体系として「平聴(フラットリスニング)」を提唱し、2026年に「聞く学校」を開きました。1978年生まれ。(「聞いた」「編集した」は2026年6月30日、チームの本数は2026年8月1日時点)

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