
ミャンマーで日本語教師、停電と政治不安の中で教える
一番つらいのは、やはりさまざまな制約があることですね。生活の中では停電が日常的なので、それを気にしながら生活しなければならず、授業中に電気が全く使えないこともあります。
現在
50代前半、ミャンマーでフリーランスの日本語教師として複数の日本語学校で会話授業を担当。停電が日常的で、病気の際の医療アクセスにも不安がある生活環境の中、留学・就労前の学生に日本の文化やルール、自分の言葉で話す練習を教えている。最近は日英ミャンマー語の絵本を自費出版し、地元教師の図書活動支援やボランティアの日本語教室も行っている。
過去
学校法人でリハビリテーションの高等教育に20年間携わった後、その法人がミャンマーでの介護職員育成に乗り出したことをきっかけに日本語教師の資格を取得し、2019年にミャンマーへ渡航。右も左もわからない中、現地職員や学生、その家族に親身に支えてもらった経験が、その後恩返しの気持ちで現地に関わり続ける原動力になった。
もともとは、学校法人でリハビリテーションのいわゆる高等教育に携わっていました。それを20年間続けたあと、その法人がミャンマーで介護職員の育成を行うという方針になり、日本語教師の資格を取ってミャンマーに来たのがきっかけです。
未来
自作の絵本を使った日本語教育や、地元のミャンマー人教師たちが目指す図書館運営の手伝いをしたいと考えている。将来的には幼稚園で言語活動やコミュニケーション活動に携わりたいという構想もある。経済状況が許す限り、できればこのままミャンマーで暮らし続けたいという気持ちが年々強くなっている。
私はミャンマーでずっといられたらいいなというのが、正直な気持ちです。
公開
聞き手:qbc

