
「ここですら生きていけないなら、どこで生きていけるんだろう」——ある社会人大学院生が、アカデミアと人生について語ったこと——ある夜の対話・前編
俺には、いま意味があると思えるものが何もない。
現在
大学院を休学中で、まもなく退学を決めようとしている。学術研究の意義や因果関係の語り方に疑問を持ち、ビジネスの「物語」にも腑に落ちなさを感じながら、パートナーとの対話を通じて自分の考えを言語化しようとしている。
過去
サステナビリティ関連の仕事に転職した直後、過重な労働環境から逃れるように社会人大学院に進学し、「地方移住」による脱資本主義的な生き方をテーマに選んだ。しかし研究に向いていないと感じ、仕事・大学院・子育ての「三足のわらじ」で行き詰まり休学した。
自分はずっと資本主義との折り合いの付け方みたいなものに悩んでいて。都市から地方へ移動した人のライフコースの中に、脱資本主義的生き方のヒントがあるかなと思ったのよ。
未来
明確な展望はまだ持てておらず、人生の意味も見出せていないと率直に語る。同じように行き詰まっている人へ向けては「二年待ってみよう」という言葉を残している。
だから言えることは、「二年ぐらい、一旦待ってみよう」ということしかない。二年ぐらい様子を見よう、と。
公開
聞き手:吉岡詩織

