
今は24歳なんですが無職の人
適応障害海外留学バックパッカー教育学キャリア模索
朝から昼にかけてのんびり起きて、家事をして、1月から外国の方に日本語を教えるボランティアを始めたので、それに行く日もあれば、あとはずっと絵を、上手いとかじゃないんですけど、描くのがなんとなく好きだったので絵の教室に行ったりとか。
現在
24歳、大阪・関西万博の海外パビリオン接客の仕事で適応障害を発症し、現在休職・無職の状態。実家に戻り貯金で生活しながら、日本語を教えるボランティアや絵の教室、英語学習をして過ごしている。回復途中で朝はまだ本調子ではない。将来は海外の大学院で教育学を学びたいと考えている。
過去
経済的に我慢することが多く、習い事もほとんどできない家庭で育つ。中学生の時に両親が離婚。父の多額の借金が発覚し、父は失踪、後に別の家族がいたことも判明した。行きたい高校には進学できず、大学ではコロナ禍で友人ができなかったが、就活イベントで海外経験豊富な同世代に刺激を受け、そこから海外へ出るようになった。
実際離婚するってなった時も、ものすごい金額の借金が発覚して、最終的には父親が逃げた形式で、いなくなったんですけれど。養育費も払うって言ったけど払ってくれなかったりとか。ある日、戸籍かなんかを確認したときに、父親の方に別の家族がいることがわかって。子供もいてみたいなっていうのを、高校受験の時、中3の頃にそれを知ったっていうのがありました。
未来
2年後を目安にオランダの大学院進学を希望し、教育学を学んだ後も海外で生活・就労したいと考えている。住みやすい場所は物理的な便利さより、いろいろな人がいて自分を隠さずにいられる精神的な心地よさで探したいという。バックパッカーとして海外を回っていなかったら、今の無職という状況もなかったと振り返るが、後悔はしていない。
住みやすい場所を、今多分探してるんだなって思ってて。
公開
聞き手:なつ湖

