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COLUMN

地方移住した人の話。無名人インタビュー5選

「地方移住 体験談」「移住 その後」。そうした言葉で検索してこのページを開いた方がいるかもしれません。ここにあるのは、移住先ランキングでも、手続きの手引きでもありません。実際に住む場所を変えた5人が、そのことをあとから自分の言葉で話した記録です。

無名人インタビューは、有名無名を問わず、その人の人生の話を聞くインタビュー企画です。これまでに1,500件以上のインタビュー実例を公開してきました。そのなかから、移住について話している5本を選びました。一度行った島に数年後に住んだ人、母の故郷の島へ移った人、下見の旅行が住まいにつながった人、移住して「で、戻ってきました」と話す人、「変な干渉」がなかったと話す人。話されている中身は一本ずつ違います。

この記事は、移住を勧めもしませんし、やめたほうがいいとも言いません。地域の良し悪しを判定するものでもありません。各項目には、その人が話した言葉をそのまま引用しています。要約も言い換えもしていません。引用はすべて、公開済みの記事からの原文そのままです。

1.やっぱり宮古島に住んでみたいな

元々は大阪府の守口市っていうところの出身で、リゾートバイトで14、5年前に1回宮古島に半年ほど来てたことがあったんです。そこから数年経って、やっぱり宮古島に住んでみたいなということで10年前に移住してきました。

── 宮古島に移住して十年経った人(無名人インタビュー)

一度目は仕事で来ての半年、二度目は住むために、という順番で経緯が話されています。出身地、最初に来たきっかけ、間の数年、移住の時期が、ひと続きの説明のなかに収まっています。宮古島移住10年の40代男性カメラマンの語りで、話の続きは元記事にあります。

2.何もない良し悪しはやっぱりある

移住してみると、何もない良し悪しはやっぱりあるなって思います。何もないけど、海がある山がある自然がある。

── 自己紹介するのが苦じゃない人(無名人インタビュー)

「何もない」ことについて、良い面と悪い面の両方があると話しています。離婚を機に母の故郷の島へ移住した30代男性の語りで、そのうえで挙げられているのが、海と山と自然です。

3.下見の旅行で、いろいろ偶然も重なって

移住の下見として旅行に行ったんですが、その時に偶然知り合った方が、今住んでるお家を借りられるようにしてくださったりとか、いろいろ偶然も重なりましたね。

── 離島WEBデザイナー 奄美大島に引っ越した不登校のお子さんを持つシングルマザーの人(無名人インタビュー)

下見のつもりで行った旅行先で人と知り合い、そこから住まいの話になった、という順序で説明されています。本人はこれを、偶然が重なったこととして話しています。子連れで奄美大島に移住したシングルマザーの語りです。その先の話は、リンク先の記事にあります。

4.で、戻ってきました

中高が島根で、東京に出て。社会人にになってからこっちでしばらく働いて、屋久島に移住したっていう感じです。で、戻ってきました。

── 生きづらいなって人たちがいたら気持ちが楽になるような(略)ライフスタイルショップ志庵経営者の人(無名人インタビュー)

中学高校の島根から東京へ、そして屋久島へ。移動が順番に挙げられ、そのあと戻ったことが続けて話されています。屋久島に移住しその後戻った40代経営者の語りで、どこへ戻ったのかを含め、そのあとの話は元記事にあります。

5.田舎にありがちな変な干渉とかもない

住んでみたら、田舎にありがちな変な干渉とかもないんですよ。

── やれるだけやってみてあかんかったらもうバイトでもすりゃいいやって思ってフリーランスになった人(無名人インタビュー)

住んでみた結果として、そういうことはなかった、と本人が話しています。東京から静岡に移住したフリーランスの語りで、移住までの経緯は元記事にあります。

読み終えたあなたへ

「移住してみると」「住んでみたら」。どちらも、住んだあとから話されている言葉です。行った先も、行くまでの経緯も、いま住んでいる場所も、5人それぞれ違います。どれが正解だったかを、この記事の側で決めることはしません。

いま移住を考えている方も、移住したあとで迷っている方もいるかもしれません。読んだあとで、自分の場合はどうだったかと考えたときには、今度は話す側にまわることもできます。無名人インタビューは誰でも応募できます。きれいな結論の形にしてから来る必要はありませんし、話したくないことは話さないままでかまいません。

自分の話より先に、人の話を聞いてみたいという方には「聞くお茶会」があります。聞く側から入ってみる場です。


無名人インタビューについて

無名人インタビューは、2020年から続く一般の方へのインタビュー活動です。約20名のインタビュアーが年間約400件、これまでに1,500件以上のインタビューを記事にしてきました。

聞くことは愛すること。

公開

栗林康弘

このコラムを書いた人

栗林康弘(qbc)

無名人インタビュー主宰/聞く学校 校長

2020年に無名人インタビューを始めました。自分で872人の話を聞き、423本を編集。いまは16人の制作メンバーとともに年間約400件のインタビューを行い、これまでにのべ132名が聞き手・編集として参加しています。公開した実例は1,500件以上。聞き方の体系として「平聴(フラットリスニング)」を提唱し、2026年に「聞く学校」を開きました。1978年生まれ。(2026年8月21日現在)

栗林康弘のプロフィール →
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