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COLUMN

離島留学・山村留学・国内留学の話。無名人インタビュー5選

「離島留学 体験談」「山村留学 体験」。そうした言葉で検索して、このページにたどり着いた方がいるかもしれません。ここにあるのは、制度の説明でも、学校選びの手引きでもありません。実際に島や山村へ行った人、自分で「国内留学」の形を作った人、子どもを送り出した人が、そのことをあとから話した記録です。

無名人インタビューは、有名無名を問わず、その人の人生の話を聞くインタビュー企画です。これまでに1,500件以上のインタビュー実例を公開してきました。そのなかから5本を選びました。5本のうち4本は、行った本人の語りです。残る1本は、子どもを送り出した親の語りです。進路指導の先生が持ってきたパンフレットのこと、「一度捨てた、諦めた」ものにもう一度向かったこと、当時あった「勉強について行けないっていうフラストレーション」のこと、4人の子どもを送り出した理由のこと、雑談から住み込みが始まったこと。話されている中身は一本ずつ違います。

この記事は、制度や地域の良し悪しを判定しません。行った人の話だけを集めているので、行かないという選択について何かを言うものでもありません。各項目には、その人が話した言葉をそのまま引用しています。要約も言い換えもしていません。引用はすべて、公開済みの記事からの原文そのままです。

1.進路指導の先生が持ってきてくれたパンフレット

それは困りますよ、っていってたときにたまたま進路指導の先生が持ってきてくれたのが、地域みらい留学のパンフレットだったんです。

── 海士町に来て、伸びたし、考え方が変わったし。人(無名人インタビュー)

本人が「それは困りますよ」と言っていた場面があって、そこに先生が来る、という順番で話されています。地域みらい留学という進学の仕組みを使って、新潟から離島の高校へ進んだ語りです。何に対して困ると言っていたのかは、この一節だけでは分かりません。その前後は元記事にあります。

2.一度捨てた、諦めたものだからこそ挑戦したい

失意の中、高校1年生になった年に、来年から高校1年間だけ留学するプログラムが始まりまして、自分の中にその報告が入って、自分が一度捨てた、諦めたものだからこそ挑戦したいっていう気持ちで1年間、留学しようかなっていうのを決めました。

── 国内留学した高校3年生の人(無名人インタビュー)

体調面の事情で長期の留学を断念し、1年間の国内留学に挑んだ高校生の語りです。断念したことと、そのあとに決めたことが、ひと続きの文のなかで話されています。挑戦したい理由として挙がっているのは、それが一度諦めたものだったから、という筋です。

3.勉強について行けないっていうフラストレーション

山村留学に行ったときは、当時私も勉強について行けないっていうフラストレーションがあった。

── 即興演劇に出会ってなかったらガチめに死んでたなと思う人(無名人インタビュー)

山村留学の話として出てくるのは、当時の自分にあったフラストレーションです。子ども時代に山村留学を経験した20代女性が、短い一文でそこに触れています。この一言がどんな話の流れのなかで出てきたのかは、元記事のほうで読めます。

4.なぜ離島留学をさせたいかっていったら

なぜ離島留学をさせたいかっていったら、3つ子の魂100までっていう風に、リアルな体験がいかに10年後20年後の子どもの自立に有効かを自分が経験していて。

── 輝くお母さんたちを増やしたい人(無名人インタビュー)

4人の子全員を離島留学させた50代母親の語りです。子どもを送り出した理由が、自分自身の経験を根拠として説明されています。ここで語られているのは、この人が自分の経験から立てた考えです。この考えの背景にある経験は、元記事のほうで話されています。

5.その次の週とかから荷物全部持ってって

宿坊にフランス人とアルゼンチン人の方が住み込みで働いてたんですけど、一緒に住み込みすれば、英語話したりで、国内留学みたいなシステムできるかもね、みたいなことをちらっとお話したのがきっかけで。ならやってみなよって言ってもらえて、その次の週とかから荷物全部持ってって、そこに住み込んでましたね。

── とにかく知らないものを見たい人(無名人インタビュー)

始まりは会話だった、という話し方になっています。寺の宿坊に住み込んで「国内留学」の形を自分で作った20代女性が、話が出てから住み込みまでの経緯を順に説明しています。その場で話が出て、そのあと荷物を持って移った、という順序です。

読み終えたあなたへ

5本をまとめる結論はありません。パンフレットが差し出された人がいて、一度諦めたものにもう一度向かった人がいます。当時のフラストレーションを口にする人も、子どもを送り出した理由を自分の経験から説明する人も、雑談のあとに荷物をまとめた人もいます。行った先も、行くまでの経緯も、あとからの言い方もそれぞれ違います。どれがよかったかを、この記事の側で決めることはしません。

いま検討している本人や、送り出す側として読んでいる方がいるかもしれません。読んだあとで、自分の場合はどうだったか、どうしようか、と考えたときには、今度は話す側にまわることもできます。無名人インタビューは誰でも応募できます。きれいに説明できる形にしてから来る必要はありませんし、話したくないことは話さないままでかまいません。

自分の話より先に、人の話を聞いてみたいという方には「聞くお茶会」があります。聞く側から入ってみる場です。


無名人インタビューについて

無名人インタビューは、2020年から続く一般の方へのインタビュー活動です。約20名のインタビュアーが年間約400件、これまでに1,500件以上のインタビューを記事にしてきました。

聞くことは愛すること。

公開

栗林康弘

このコラムを書いた人

栗林康弘(qbc)

無名人インタビュー主宰/聞く学校 校長

2020年に無名人インタビューを始めました。自分で872人の話を聞き、423本を編集。いまは16人の制作メンバーとともに年間約400件のインタビューを行い、これまでにのべ132名が聞き手・編集として参加しています。公開した実例は1,500件以上。聞き方の体系として「平聴(フラットリスニング)」を提唱し、2026年に「聞く学校」を開きました。1978年生まれ。(2026年8月21日現在)

栗林康弘のプロフィール →
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