無名人時計主宰の書斎
COLUMN

書き言葉に逃げた30年。話せない人が書くのは、間違いじゃない

話すのは苦手なのに、書くことならできる。人と向かい合うより、文章やメッセージのやりとりのほうが楽。そう感じている人は、少なくないと思います。

しゃべれない人間が、書き言葉とインターネットに頼って生きていく。私は、それを30年続けてきました。先に結論を言っておきます。それは間違いではありませんでした。ただ、それだけでは足りませんでした。

紙の上でなら言えた

小学6年生で、小説を書き始めました。理由は単純で、しゃべるのが苦手だったからです。

口で言えないことが、紙の上でなら言えました。目の前の相手の反応におびえなくていい。言い直しがきく。間が空いても、誰も困りません。書き言葉は、私にとって逃げ場所でした。

中学、高校、そして浪人の2年間。8年間、私はほとんど誰とも交渉を持ちませんでした。大学に入ってからは、インターネットにも逃げました。顔を合わせずに人とやりとりできる場所が、そこにはあったからです。

初めて人に向かって差し出した

26歳のとき、1000文字の小説を書きました。目的ははっきりしています。職場の知人に、自分が何をやっている人間かを知ってもらうためです。

長いと読んでもらえないから、1000文字にしました。それを「読んで」と手渡しました。

しゃべって伝えられないから、書いて渡す。書き言葉が、初めて人に向かって差し出された瞬間でした。

長いものが、どうしても書けなかった10年

30代は、会社員として過ごしました。そのあいだずっと小説で立とうとしていましたが、うまくいきませんでした。

長いものが、どうしても書けなかったのです。ある1作は、何年もかけて122回書き直しました。分量を大きく膨らませては、削り直す。それを繰り返しました。別の1作は、12年かけて3度、書き直しました。

短いものはたくさん書き上げられるのに、長いものだけが、いつまでも形になりません。フォルダに残っているのは、ほとんどが同じ話を書き直し続けた記録でした。

ある年には、本を1,022冊読みました。同じ年に書けた小説は、数えるほどでした。時間は余っていました。読むほうへ流れて、書けなかったのです。

自分にはこれしかないと思っているものが、いつまで経っても形にならない。それでもやめられない。そこに、10年いました。

41歳で認めたこと

noteにアカウントを作って、小説をアップし始めました。反応はあったり、なかったりしました。

「これじゃちょっとつまんないな」

そう思ったのが、41歳のときです。書き言葉に30年逃げて、その書き言葉に、届く力がないことを認めた瞬間でした。

聞くことは、書くことの続きだった

それから、インタビューを始めました。小説を読んでもらうための、手段のつもりでした。

小説には、書くのも読むのも難しいという問題がありました。インタビューは違います。参加型なので、読み解く技術を必要としません。座って、聞く。それだけで伝わります。

最後の短い小説を書いてから、わずか数か月後に、インタビューを始めていました。自分では、まったく別のことを始めたつもりでいました。

ところが、あとになって昔の小説を読み返すと、ぜんぶ、聞いていました。ある小説では、登場人物にこう言わせています。「出来事ってやつを経糸にさ、感情を緯糸にして、人生って布を織るんだよ」

聞く人になったのではありません。聞くことを書いていた人が、書くのをやめて、聞くほうに回っただけでした。

まとめ

書き言葉に逃げること自体は、間違いではありません。紙の上でなら言えることは、実際にあります。しゃべれない人間が、書き言葉とインターネットに頼って生きていく。私はそれを30年やりました。

ただ、それだけでは足りないこともあります。私の場合、足りなかった分は、人の前に座ることで補えました。書くのをやめて、聞くほうに回った。ただ、聞くことは、書いていたことの続きだった、というのが実際のところです。

同じように書き言葉に逃げてきた人に、これが当てはまるかどうかはわかりません。ただ、そういう補い方もあった、ということだけは、ここに残しておきます。

この話の長い版(エッセイ)はnoteにあります:https://note.com/unknowninterview/n/n246f966bd10c


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公開

栗林康弘

このコラムを書いた人

栗林康弘(qbc)

無名人インタビュー主宰/聞く学校 校長/パーソナルコーチ

2020年に無名人インタビューを始めました。自分で872本のインタビューを聞き、423本を編集。いまは自分を含む16人の制作メンバーで年間約400本のインタビューを行い、これまでにのべ132名が聞き手・編集として参加しています。公開した実例は1,500本以上。聞き方の体系として「平聴(フラットリスニング)」を提唱し、2026年に「聞く学校」を開きました。1978年生まれ。(「聞いた」「編集した」は2026年6月30日、チームの本数は2026年8月1日時点)

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