無名人時計
COLUMN

親との距離に悩んだ人の話。無名人インタビュー5選

「親と合わない」「親と距離を置く」。そうした言葉で検索して、このページにたどり着いた方がいるかもしれません。ここにあるのは、距離を置くべきかどうかの判断でも、関係を立て直すための手順でもありません。親との関係について何かを抱えてきた人が、そのことをどう言葉にしたか。その記録です。

無名人インタビューは、有名無名を問わず、その人の人生の話を聞くインタビュー企画です。これまでに1,500件以上のインタビュー実例を公開してきました。そのなかから、親との関係が語られている5本を選びました。子どもの側から話している人が4人、娘から「毒親」と呼ばれた母親の側が1人です。30代でいまも過去を思い出すと話す人もいれば、それがわかったのは「50過ぎて」だったと話す人もいます。5本にはいずれも「毒親」という言葉が出てきますが、それは語り手自身が使った言葉であり、こちらから誰かに当てはめたものではありません。

この記事は、親と縁を切ることも、和解することも勧めません。5本を一つの結論にまとめることもしませんし、順番に優劣の意味もありません。各項目には、その人が話した言葉をそのまま引用しています。要約も言い換えもしていません。引用はすべて、公開済みの記事からの原文そのままです。

1.うまく生きる術を身につけても、捨てきれない夢

毒親育ちあるあるだと思うんですけど、どんだけ大人になってうまく生きる術を身につけたとしても、過去の事を思い出したりとか、やっぱり普通の家庭で育ちたかったっていう夢って捨てきれないんですよね。

── noteに書いたからそうしなきゃって責任感が生まれる毒親育ちの人(無名人インタビュー)

30代女性の、現在についての語りです。身につけた術の話のすぐあとに、捨てきれない夢の話が続きます。この一節は、「毒親育ちあるある」という言い方から始まっています。

2.娘に言われて、その言葉を検索した

私は彼女に何をしてあげられるだろうと思って、一生懸命歩み寄ったんだけど、このインタビューが決まる直前に「お母さんは毒親、私の毒親だよ」って言われたんだよね。毒親っていう言葉を私は知らなくて検索したらいろいろ出てきて。

── 無名人インタビュー:毒親と娘から呼ばれた人(無名人インタビュー)

この5本のなかで、唯一、親の側から語られた一本です。歩み寄ろうとしていた時期があり、そう言われたのがインタビューの決まる直前だったことが話されています。言われるまでその言葉を知らず、検索して知った、という順序で語られています。そのあと娘とのあいだで何が続いたのかは、元記事のなかで語られています。

3.逃げ道を見つけられたかもしれない

でも、怒られてなかったとしても、きっとどこかで親との摩擦ってのは絶対生まれたと思ってて。毒親の問題っていうのは、きっと、そこは変わってなかったなって思います。けど、逃げ道を見つけられたかもしれないです。

── 母親に病院に行って欲しくてお願いしたけど行ってくれないので自分が行ったらうつと言われた音大生の人(無名人インタビュー)

母親との関係に悩んできた音大生が、もし怒られていなかったら、という仮定から話を始め、それでも摩擦は生まれたと思う、と途中で折り返します。変わらなかっただろうことと、変わったかもしれないことが、分けて話されています。

4.結婚して、子供を産んでからの距離

母親もやっぱり失敗したっていう気持ちがあったらしくて、だいぶ依存されちゃったので。いわゆる毒親ですよね。なので結婚して、子供を産んでからは物理的に距離をとってます。

── 文字は私の一部を代弁してくれるツールだと思うBLの人(無名人インタビュー)

母に依存されて育ち、結婚と出産のあとに物理的に距離をとった、と話す女性の語りです。そこに至るまでのことが、三つの短い文に畳まれています。何があってその形に落ち着いたのかは、元記事で読むことができます。

5.わかったのは、母が倒れてから

母親が毒親っていうのは、それがわかったのは母が倒れてからなので、50過ぎてですよ

── 世の中やったモノ勝ちなら、今度はわたしがそれをしてもいいじゃないですかと吠えたい人(無名人インタビュー)

気づいたのは母が倒れてから、「50過ぎてですよ」。50代になって母との関係を捉え直した女性の語りで、そこまでにかかった時間のほうに言葉が寄せられています。その手前の時間がどんなものだったかは、元記事のなかで話されています。

読み終えたあなたへ

5人の語りに、共通する教訓はありません。「普通の家庭で育ちたかった」という夢が捨てきれないと話す人がいて、「逃げ道を見つけられたかもしれない」と振り返る人がいて、物理的に距離をとったと話す人がいて、それがわかったのは「50過ぎて」だったと話す人がいます。親をどう呼び、どう扱うかは、それぞれの語り手の言葉のなかにあります。この記事の側から、その判断に点をつけることはしません。

読みながら、自分の場合はどうだろう、と考えた方がいるかもしれません。そのときは、今度は話す側にまわることもできます。無名人インタビューは、誰でも応募できます。親のことを、話せる形に整理してから持っていく必要はありません。結論が出ていない話のままでもかまいません。ここに並んだ5本も、誰かが話してくれたことで残った記録です。

話すのはまだ早いかな、と思う方には、「聞くお茶会」という聞く練習の場もあります。誰かの話を聞く側から始めてみる、という入口です。案内は下にあります。


無名人インタビューについて

無名人インタビューは、2020年から続く一般の方へのインタビュー活動です。約20名のインタビュアーが年間約400件、これまでに1,500件以上のインタビューを記事にしてきました。

聞くことは愛すること。

公開

栗林康弘

このコラムを書いた人

栗林康弘(qbc)

無名人インタビュー主宰/聞く学校 校長

2020年に無名人インタビューを始めました。自分で872人の話を聞き、423本を編集。いまは16人の制作メンバーとともに年間約400件のインタビューを行い、これまでにのべ132名が聞き手・編集として参加しています。公開した実例は1,500件以上。聞き方の体系として「平聴(フラットリスニング)」を提唱し、2026年に「聞く学校」を開きました。1978年生まれ。(2026年8月21日現在)

栗林康弘のプロフィール →
聞く学校を見るコラム一覧へ