インタビューをしたあなたは私の事をどう感じたかって聞いた人
今はいろんなことを考えてやってるんで、好奇心っていうよりも、何かむしろ使命感みたいなのが強くて。
いま
石川県野々市市で地元農家の野菜を販売する八百屋を経営しつつ、能登半島にオーガニック野菜の一大生産拠点「Farmer's Village NOTO」を作るプロジェクトを推進中。2024年の能登半島地震でプロジェクトは頓挫したが、オリーブ栽培の継続や能美市でのオーガニック給食実現に向けて動き続けている。好奇心より使命感が強くなり、四六時中農業のことばかり考える日々を喜びの中で過ごしている。
これまで
金沢で生まれ3歳で両親が離婚し母親に育てられる。小学校卒業時に母の再婚で郊外に転校し自分を見失う。京都外国語大学を卒業後、母の勧めで金沢に戻りホテルマンとして約25年間勤務。日航ホテルではフロント支配人を務めた。30代で異業種交流会のリーダーを5年以上務め人をつなぐ気質を培う。50歳で食料自給率への関心と好奇心から農業に転身し、能登島で米・野菜・オリーブの栽培を始めた。
そうやって転校して田舎に行って何か自分を見失ったっていうところがあるので、すごく自分を表現するのが下手だったんですよ。
これから
能登半島の畑でオーガニック野菜を生産し学校給食に届けることが最終ビジョン。能美市でのオーガニック給食を出口に、30代40代の若い家族を巻き込みながら「1億総農民」の半農半Xコミュニティを作ることを目指す。自分の生涯をかけて能登半島に一大生産拠点を作ると決意しており、子供たちの食を守ることを使命として突き進んでいる。
これこそ、もう私は自分の生涯をかけてでも、あと5年なのか3年なのか10年なんか知らんけど、能登半島に一大生産拠点を作るって決めてるんで。