海士町の水族館の人
つまり水族館の中が水槽みたいに見えてくるんです、今度は。
いま
島根県海士町に移住して約1年。複業協同組合でジオパーク解説員とホテル勤務を掛け持ちしながら、個人事業で空き家に水槽を設置し水族館づくりを進めている。都会のテンプレ化された水族館計画に面白みを感じなくなり、離島という条件不利地で仮説と検証を繰り返す実験的な日々を送る。教育・保全を軸にした水族館の新しい価値づくりを模索中。
これまで
佐賀県出身、内気で社会に閉塞感を感じる子ども時代を過ごす。親が買った水槽で観賞魚に親しみ、図鑑に載る魚はほぼ飼育経験がある。水族館ファンではなかったが、高校卒業後に魚の専門学校へ進み、消去法で東京の新規水族館に飼育員として就職。倍率100倍とされる採用に受かるも「ここしか生きていく場所がない」という後ろ向きな感覚だった。働く中でお客さんの観察を通じて水族館の社会的意義に目覚め、生物マニアであることに飽きて5年で退職した。
自分で言うと、もうここしか生きていく場所がないから頑張って試験を受けて頑張ってたらたまたま受かっちゃった、みたいな感覚なんですよね。
これから
隠岐諸島4島を巡る移動水族館を計画中。地域に眠るサザエや海藻など一般的な生物を魅力的に紹介する手法を開発したい。水槽を「檻ではなく窓」と捉え、子どもたちの知的好奇心と希望を広げるツールとして水族館を位置づける。海士町をモデルケースに、教育と地域貢献を両立する水族館のあり方を発信していきたいと考えている。
僕的には、水槽っていうのは、窓なんですよね。