
【海士町】まとまってないところは思いつくまま話してた人
ここでの暮らし大好きですっていう顔をしてたいんだろうな。
現在
海士町に移住して間もなく5年。フリーランスのitローカライゼーション・通訳/翻訳をメイン業務とし、村上家資料館のコーディネーターとして季節行事や寺子屋(英語講師)を運営。夫はブドウを育てワインを作る。「ここでの暮らし大好きですっていう顔をしてたいんだろう」と公開インタビューに抵抗を感じる。村上家資料館プロジェクトはマンネリ化を感じており、自分の人生フェーズ的に閉塞気味で、「命の営みが当たり前」になってしまっていることに今気づいた。
過去
高校時代の留学(奨学金)でひとり親で働き続けていた母を「尊敬する人」として書いて以来、母のように働く後ろ姿で愛情を示す育て方を理想とする。タイ・バンコクで自身の事業を運営していたが、5年半前に閉じた。家族3人(夫婦+4歳の娘)で半年間世界中を旅し、特にアフリカで陸路移動中に娘の「なぜなぜ」に答えながら「私はこの世界を命の循環として捉えているんだ」と気づいた。次の住む場所は「どんな暮らしがしたいか」基準で探した結果、夫の同級生が2人いる海士町を1ヶ月半お試し移住して即決した。
私はこの世界を命の循環として捉えてるんだなってそのときにすごく思ったんですね。
未来
自分自身の幸せのため、もっと手応えのある社会的意義のある活動をしたい。命の営みの繋がりが見えにくい現代の暮らしを見直す仕組みづくり、自然環境のためというより「暮らしのあり方」として、自分が感じるだけでなく形にして広めたい。海士町の文化を「消費するだけ」ではなく「作り上げる側」にいたい。両者がうまく絡むかどうかは分からないが、糸口は見えた。
社会全体で見たときには、それはまだ全然当たり前のものではないっていうことをもうちょっと意識して何か次を考えます。

