無名人時計
【海士町】海士町が帰りたい場所に絶対なるだろうなっていうのは今思ってるところ。人

【海士町】海士町が帰りたい場所に絶対なるだろうなっていうのは今思ってるところ。人

2024年
自分の想像を超えてきた感じが面白いなって日々思ってますね。

現在

大阪のビジネス街で働いていたが、自然のなさ・満員電車・周りと比較されるしんどさで疲弊し、smoutで地方移住・就労支援・福祉を検索して海士町の3ヶ月島体験を見つけた。2024年7月から海士町体験生として福祉×まちづくりプロジェクトに参加、週2回ミーティング、週2回さくらの家(就労支援事業所)勤務。利用者と支援員が対等な関係に「想像を超えてフラット」と感動、夜もぐっすり寝れる健康な生活を実感。日記とnoteを書き始め、ご近所付き合いや人との繋がりに楽しさを感じている。

過去

大阪生まれ、母が在日コリアン(祖父母は済州島出身)。小学校はやんちゃ・ドロドロした女の世界の学校で「早く転校したい」、中学から明るくなった。バドミントン部から、高校は進学校で器械体操部。みんな右向け右の同調的雰囲気に違和感を覚えつつも、自主的に動く部活仲間に恵まれた。国際系大学に入ったが目的を見失い授業中ずっと寝て就活もやる気が出なかった。大学3年末に教授から済州大学の交換留学奨学金枠の偶然の話をもらい、1年間留学。母方の祖父母の故郷である済州島で「自分のルーツ」「なぜ大阪にいるか」を歴史的に説明できるようになって、自分のことを語りやすくなる転換点を得た。

自分のことを説明できないまま人と関わるのって、しんどさがあって。

未来

海士町じゃなくても日本には自然と人との近い距離が両立する場所はあるはずで、そういう場所を探して暮らしながら働きたい(大阪以外に行くだろう)。働くなら障害者就労支援施設で、利用者と対等に話せる事業所で働きたい。地元(大阪)への帰省はあっても、自分の意思で「これが心地いいからこの道」を選び続ける軸を持ちたい。海士町は「帰りたい場所」に絶対なるという確信を持っている。

場所としてもすごい好きだし、この人に会いたいっていう人ができてるんで。
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栗林康弘

このインタビューの監修

栗林康弘(qbc)

無名人インタビュー主宰/聞く学校 校長

2020年に無名人インタビューを始めました。自分で872人の話を聞き、423本を編集。いまは16人の制作メンバーとともに年間約400件のインタビューを行い、これまでにのべ132名が聞き手・編集として参加しています。公開した実例は1,500件以上。聞き方の体系として「平聴(フラットリスニング)」を提唱し、2026年に「聞く学校」を開きました。1978年生まれ。(2026年8月21日現在)

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