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【海士町】人と人がうまく繋がれるようにその間にいれる人間になりたい人

【海士町】人と人がうまく繋がれるようにその間にいれる人間になりたい人

医療・福祉 2025年
海士町で自分のことを知ってるのはおばあちゃんだけじゃないですかね、多分。本当の自分というか。

現在

2024年2月28日に海士町諏訪苑に移住して介護福祉士として勤務、1年が経過。同期7人と仲良くたわいないおじさん話で食事を楽しむ。58歳、年齢を重ねて以前より丸くなった。「調子がいい」「人懐っこい」「チャラい」と評される。介護のキャリア15年で職員同士のあり方も考える時期。2024年8月に父が亡くなり、98歳の祖母が「私と一緒に町に行きたい」と言って海士町に転居してきたため、祖母の介護も日常の一部に。

過去

鳥取県米子市出身、お調子者で人懐っこい子供だったが小5で母が亡くなり中学から悪い友達と荒れ、中学高校時代に学校の先生に迷惑をかけ続けた人生に後悔。20代前半に結婚しクロネコヤマト宅急便で長く勤め、3児授かるも32-33歳で離婚。倉庫管理業を経て40歳で再婚、看護師の妻の影響で介護を始めアルバイトから正社員に。50歳で介護福祉士国家資格取得、55-56歳で2回目の離婚。

結局はその仕事自体はやっぱり嫌いじゃなかったので、またそこで働くようになって、そんときに1人で部屋借りて、してたときに、「いやなんか別に米子におる必要ないな」っていう。

未来

5年後も海士町にいて、諏訪苑が地域の人々に「あってよかった」と思ってもらえるところになるよう頑張りたい。1日でも長く祖母に元気でいてほしい、99歳から100歳へ。父が抱えたまま死んでしまった後悔(祖母を遺して逝ったこと)を、自分が祖母への親孝行で返したい。介護士の仕事の楽しさを発信し、人と人がうまく繋がれるようにその間にいれる人間になりたい。喜怒哀楽の「喜」を一緒に見つける生き方を続けたい。

人と人がうまく繋がれるように、その間にいれる人間になりたいなっていうのはいつも思ってるので、「ちょっとギクシャクしたりしてるときも、自分がいることでその場がちょっと明るくなったりとか、みたいなふうな生き方ができればいいかな」っては思ってますけど。
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栗林康弘

このインタビューの監修

栗林康弘(qbc)

無名人インタビュー主宰/聞く学校 校長

2020年に無名人インタビューを始めました。自分で872人の話を聞き、423本を編集。いまは16人の制作メンバーとともに年間約400件のインタビューを行い、これまでにのべ132名が聞き手・編集として参加しています。公開した実例は1,500件以上。聞き方の体系として「平聴(フラットリスニング)」を提唱し、2026年に「聞く学校」を開きました。1978年生まれ。(2026年8月21日現在)

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