無名人時計
【海士町】海士町は私にとっては自信を育んでくれたところ。人

【海士町】海士町は私にとっては自信を育んでくれたところ。人

石橋直子 30代・女・教育 2024年
教師この街がすき離島海士町浦島太郎詩吟
結局、育児のフェーズに入っても、私は好きなことを手放せずにギュウギュウに詰め込んじゃってるんですけど。

現在

高校国語教師として10年勤め「ようやく馴染んできた」頃に産休育休に入り、まもなく2歳になる子どもの育児中。詩吟は1歳前から復帰し、月1回島根県・海士町に対面稽古、月1回オンラインで指導している。後鳥羽院遷幸800年祭以来、ご当地和歌の詩吟と台本作成を続ける。育休最後の年として「やりたいことはやりつくそう」と、文章書きとnote発信、隠岐の島の変形浦島伝承「白島の赤法印」の本格的フィールドワークと論文執筆にも取り組んでいる。

過去

島根県のちょっと田舎ののどかな場所で生まれ、転勤族の家庭で引っ越しを重ねながら育った。小学校5年生の転校から中学にかけては環境変化と荒れた中学のため心がざわざわした時期を過ごした。高校は進学校に進み、新しいことを知るのが好きで国語と理科を好んだ。文学部に進学し、当初は移動図書館や海外協力隊で「学びたいけど学べないところに本を届けたい」と志した。教育実習への礼儀で受けた採用試験に合格、自分の感覚より「たくさんの人の目で選んでもらった」結果を信じて高校国語教師の道に飛び込んだ。卒論は能の謡曲「浦島」。

正直なところ自分の感覚は信用できないので、たくさんの人を見た中でこの人って選んでもらった教員採用試験の方が、自信はないけどもしかしたら適性があるってことなのかもしれないし、やってみようと思って飛び込みました。

未来

5年後10年後も「人間としてはあんま変わらない」と予測。詩吟、浦島伝承の聞き取り、語られたものを発信していくことを続けている自分を想像。後鳥羽院の和歌をステージで詩吟として届けたり、誰にも知られない変な浦島伝承を「声を大にして突然語る」など、ターゲットが変わっても「誰かが心が動いて紡いだ物語をしゃかりきに楽しんで何らかの形で届けようとする」ことをやっていたい。語りの持つ「原動力と安らぎ」を求め続ける。

語られたものとか、誰かがちょっと心が動いて紡いだ物語みたいなものを、しゃかりきに楽しんで、何らかの形で届けようとする、みたいなことを5年後10年後もやっているんだろうなと思うし、やってたらいいなって思いますね。
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公開

聞き手:ナカザワ

栗林康弘

このインタビューの監修

栗林康弘(qbc)

無名人インタビュー主宰/聞く学校 校長

2020年に無名人インタビューを始めました。自分で872人の話を聞き、423本を編集。いまは16人の制作メンバーとともに年間約400件のインタビューを行い、これまでにのべ132名が聞き手・編集として参加しています。公開した実例は1,500件以上。聞き方の体系として「平聴(フラットリスニング)」を提唱し、2026年に「聞く学校」を開きました。1978年生まれ。(2026年8月21日現在)

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