無名人時計主宰の書斎
32歳でDJをはじめた大声パンクロックおじさんという人

32歳でDJをはじめた大声パンクロックおじさんという人

Sadakick 男 2021年
音楽を通じて、かけた曲が好きな人たちと仲良くなれるのがDJの醍醐味だと思ってます。

現在

平日は週5でサラリーマンとして働き週末は邦楽ロック中心のDJとして年間50-60本出演。新宿や高円寺を中心に活動し「新宿で一番友達の多いDJ」をキャッチフレーズにしている。コロナ禍でクラブの廃業が相次ぐ中カルチャーを残す工夫をしながら活動を続けている。

過去

高校から大学にかけてパンクロックのバンドでカバーをやっていた。バンドを離れてからは普通に社会人になりスマホゲームをしながらパッとしない日々を送っていた。2chやTwitterでネットに親しみつつも熱中できるものがなかった。

あんまりパッとしなかったですね。スマホゲームやってたような気がします。

未来

DJバーを自分で開きたいという夢がある。みんなが楽しめて「いい夜だったな」と思えるパーティーを作り続けたい。プロDJとして食べていくつもりはないが音楽を通じた人と人のコミュニケーションの場を広げていきたい。

「新宿で一番友達の多いDJになりたい」っていうキャッチフレーズで2年半くらい活動してるんですけど、本当にそうなりたいなって思ってます。
全文を note で読む

公開

聞き手:栗林康弘

栗林康弘

このインタビューの監修

栗林康弘(qbc)

無名人インタビュー主宰/聞く学校 校長/パーソナルコーチ

2020年に無名人インタビューを始めました。自分で872本のインタビューを聞き、423本を編集。いまは自分を含む16人の制作メンバーで年間約400本のインタビューを行い、これまでにのべ132名が聞き手・編集として参加しています。公開した実例は1,500本以上。聞き方の体系として「平聴(フラットリスニング)」を提唱し、2026年に「聞く学校」を開きました。1978年生まれ。(「聞いた」「編集した」は2026年6月30日、チームの本数は2026年8月1日時点)

栗林康弘のプロフィール →