無名人インタビューLINE

私なんでもないから、こいつつまんねえなとしか思わないと思う人

せいる 30代・女 2024年
喜怒哀楽でいったらもう、怒の哀の間にすごい細い谷があって、そこの間に挟まってる感じ。

いま

出版関係の会社で障害者雇用の社員として3年目を迎えている。感情は「怒と哀の間の細い谷に挟まっている」状態で、健常者に生まれたかったという思いを抱えている。家族には4年前にようやく障害を打ち明け、良い意味で放っておいてもらえるようになった。ゴールデンカムイの聖地巡りや英語の勉強など、少しずつ自分の好きなことに目を向けられるようになっている。

これまで

東京23区で生まれ横浜で育つ。幼少期から集団に馴染めず「出る杭」として打たれ続けた。中学では学級崩壊の中いじめに遭い不登校に。中高一貫校で英語の才能を認められ特進クラスでの受講を許される。法学部に進学し充実した大学生活を送るも就活に苦戦。法律事務所、保険会社、塾講師、コールセンターと職を転々とし、うつ病を発症。自殺未遂を経て精神科を受診しADHDと診断された。

それこそ右向け右がどんどんできなくなっていて。年を重ねるごとに、何で右向かなきゃいけないんだっていう。

これから

語学の勉強を諦めずに続け仕事に活かしたいと考えている。発達障害当事者として自分の経験を発信し、同じ苦しみを持つ人の助けになりたいと思っている。理想はフリーランスで出勤と在宅が混在する働き方で、伊豆大島や房総半島など自然の中で定期的に深呼吸できる環境を求めている。静かに暮らして名もなきもので死んでいくのが理想。

基本的に静かに暮らして名もなきもので死んでいくのが一番理想なんですよ。
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